エウポルボス

エウポルボス（古希: Εὔφορβος, Euphorbos）は、古代ギリシア神話に登場する人物で、トロイア軍に仕えた勇敢な青年戦士です。彼はトロイアの老練な助言者パントオスとその妻プロンティスの子として生まれました。プーリュダマースやヒュペレーノールとは兄弟にあたります。特に豊かで美しい髪を持っていたと伝えられており、その容姿は際立っていました。トロイア戦争においては、トロイア軍の一員として数々の戦闘で活躍しました。

彼の最も特筆すべき功績、あるいは運命的な役割は、アキレウスの武具をまとって奮戦していたパトロクロスを討ち取る過程に深く関わったことです。

アキレウスの代わりに戦場に出たパトロクロスは、その圧倒的な力でトロイア軍を混乱に陥れていました。しかし、神々の定めた運命、あるいは神々の介入により、彼の勢いは止められます。特に神アポローンは、パトロクロスが城壁に迫った際に彼の背後から一撃を加え、その感覚を鈍らせ、手にした槍を粉々に砕き、さらには身を守る強固な鎧をも剥ぎ取ってしまいました。これによりパトロクロスは一瞬にして無防備な状態となり、その場に立ち尽くすしかありませんでした。

この絶好の機会を捉えたのがエウポルボスです。彼は無力化されたパトロクロスに真っ先に迫り、その背中めがけて槍を投げつけました。エウポルボスの槍はパトロクロスに深い傷を負わせ、彼をさらに弱体化させました。しかし、伝説によると、エウポルボスにはそこでパトロクロスにとどめを刺すほどの度胸はありませんでした。彼は自ら放った槍をパトロクロスの体から引き抜くと、そのまま味方の戦線へと慌ただしく退いてしまいました。

エウポルボスがパトロクロスに最初の、そして決定的な深手を与えた後、最終的に彼の命を奪ったのは、トロイア軍の総大将であるヘクトールでした。弱りきり、後退しようとしていたパトロクロスをヘクトールが襲い、とどめを刺したのです。パトロクロスを討ち取った栄誉はヘクトールに帰せられることになりますが、エウポルボスが果たした役割もまた、彼の死に繋がる重要な一歩であったことは間違いありません。

パトロクロスの死を見届けたエウポルボスは、その遺体のもとへと再び駆けつけました。彼はその場で、パトロクロスの遺体を巡ってアテネ軍の英雄メネラーオスと激しい争奪戦を繰り広げることになります。しかし、メネラーオスはエウポルボスよりもはるかに経験豊富で強力な戦士でした。壮絶な戦いの末、エウポルボスはメネラーオスの手にかかり、その槍によって首を貫かれて命を落としました。こうして、トロイア軍の美しい青年戦士エウポルボスの短い生涯は幕を閉じました。

エウポルボスの物語には、後世における興味深いいわれが残されています。ギリシアのアルゴリス地方にある女神ヘーラーの聖域、ヘライオンには、かつてメネラーオスが奉納したとされる、エウポルボスのものだと伝えられる一枚の丸楯が置かれていたといいます。そしてさらに時代が下って、古代ギリシアの著名な哲学者であり数学者でもあるピタゴラスが、自らの魂は輪廻転生を繰り返しており、その過去の生の一つがトロイアのエウポルボスであったと語ったという逸話が伝えられています。ピタゴラスはアルゴスを訪れた際に、このヘライオンに奉納されていたエウポルボスの丸楯を目にし、それを見て自らの前世の記憶を鮮やかに思い起こし、懐かしんだと語ったとされています。この逸話は、ピタゴラスの魂の転生説を伝える上でしばしば引用されるエピソードとなっています。エウポルボスは、トロイア戦争における一人の戦士としてだけでなく、後世の哲学者の思想とも結びつくユニークな存在として、その名を残しています。

参考文献
ホメロス『イリアス』
アポロドーロス『ギリシア神話』
オウィディウス『変身物語』
ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』
* 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』

もう一度検索