エドワード・ブライス

エドワード・ブライス（Edward Blyth, 1810年 12月23日 - 1873年 12月27日）は、19世紀イギリスの博物学者であり、特に動物学の分野で功績を残しました。彼は生涯の大部分を当時のイギリス領インドで過ごし、カルカッタ（現コルカタ）に置かれたベンガル・アジア協会の博物館で学芸員として勤務し、この地域の動物相、とりわけ鳥類に関する研究を深く行いました。

経歴

ブライスは1810年、ロンドンの織物商の息子として生まれました。学校卒業後は薬学を学び、一時は薬局を経営しましたが、この事業は1837年に失敗に終わりました。彼は科学の正式な高等教育を受けていませんでしたが、若くから博物学に強い関心を抱き、独学で知識を習得し、自然科学に関する著作を初期から発表していました。薬局経営の失敗後、彼は博物学の世界で職を求め、1838年にはロンドン鳥類学会の学芸員となります。この時期、彼はフランスの著名な比較解剖学者ジョルジュ・キュヴィエの著作の翻訳や注釈を手がけるなど、学術的な活動を活発に行いました。また、この頃に発表した論文の中には、後にチャールズ・ダーウィンの進化論における中心概念となる「自然選択」に類似する考え方が含まれていると指摘される記述がありました。

1841年、ブライスはインドへ渡り、ベンガル・アジア協会の博物館の学芸員に就任しました。これは彼のキャリアにおける最も長く、生産的な期間となりました。彼は自ら広範なフィールドワークを行うことは少なかったものの、博物館の管理者として、アラン・オクタヴィアン・ヒューム、サミュエル・ティッケル、ロバート・スウィンホーといった同時代の博物学者たちが各地で収集した膨大な数の鳥類標本を研究し、その分類と記載を進めました。彼の研究成果は、1849年に出版された著作"Catalogue of the Birds of the Asiatic Society"（アジア協会鳥類目録）として結実しました。これは当時のインド亜大陸の鳥類相に関する最も包括的な基礎資料の一つであり、後世の研究者にとって不可欠なものとなりました。

ブライスは1854年に結婚しましたが、アジア協会の博物館からの給与は十分に生活を支えるには厳しかったようです。そのため、彼は生活費を補うために様々な方法で収入を得ていました。偽名を使って雑誌に自然史に関する記事を寄稿したり、インドとイギリスの裕福なコレクターたちの間で珍しい動物の取引を仲介するなどして生活を維持していたと言われています。

ダーウィンとの交流と科学史上の位置づけ

ブライスはインド滞在中にチャールズ・ダーウィンと書簡による交流を持ちました。両者は博物学に関する知見を共有し、ダーウィンはブライスの広範な知識と洞察力を高く評価していました。ダーウィンは自身の歴史的な著作『種の起源』（1859年）の第一章において、ブライスに言及し、その知識を「広く多様」であるとし、「ほとんど誰よりも彼の意見を高く評価するだろう」と述べています。これは、ダーウィンが自身の理論構築において、ブライスの見解をいかに重視していたかを示すものです。

自然選択という概念の形成史において、ブライスが果たした役割については、今日でも活発な議論が続いています。特に、アルフレッド・ラッセル・ウォレスが自然選択に関する論文を発表した際、ブライスがその論文を肯定的に評価し、「おおむね良くできている！ウォレスは私の疑問を上手く説明する。彼の理論によればさまざまな家畜動物種は種へと発展した」と記した手紙を送ったことが知られており、ダーウィンと地質学者のチャールズ・ライエル卿がこれを議論しました。ブライスのこの見解は、家畜の品種改良（人為選択）が自然界における種の分化（自然選択）に似ている可能性を示唆しており、自然選択というメカニズムに触れる重要な洞察であったと言えます。

さらに、20世紀後半になると、著名な科学史家ローレン・アイズリーが1959年の論文で、ブライスが1835年に発表した初期の論文中に、ダーウィンやウォレスが提示した自然選択に類する考え方が既に含まれていた可能性が高いと主張し、大きな議論を巻き起こしました。アイズリー説は、ダーウィンがブライスのアイデアから影響を受けた可能性を示唆するものであり、今日に至るまでブライスの科学史上の貢献度や、自然選択説の複数発見説との関連性について、様々な視点からの研究や議論が続けられています。アイズリーの著書『ダーウィンと謎のＸ氏第三の博物学者の消息』（日本語訳あり）は、この説を広く知らしめる役割を果たしました。

晩年

1857年、ブライスは妻を亡くし、この出来事は彼に大きな精神的な打撃を与えました。健康を損ねた彼は、1861年に長年過ごしたインドを離れてイギリスに帰国し、療養に努めました。そして翌1862年、約20年にわたりその職にあったベンガル・アジア協会の博物館学芸員の職を辞しました。

エドワード・ブライスは1873年 12月27日に63歳でこの世を去りました。彼の生涯は、博物館における地道な研究活動を通じてアジアの生物多様性の理解に貢献し、また進化論という画期的な概念の黎明期において、その形成に関連する重要な知見や示唆を提供した人物として、科学史に名を残しています。

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