エビネ

エビネ：多様な花色と保全の課題を秘めた野生ラン

エビネ（学名： Calanthe discolor）は、ラン科エビネ属に属する多年草で、日本を代表する野生ランの一つです。地上性で、ジエビネやヤブエビネといった別名でも呼ばれています。その名の由来は、エビの尻尾を思わせるような独特の形をした球茎にあります。この球茎は広卵状から球状で、長さや直径は約2cm。古くなった球茎は地表近くに連なり、10年以上も残ることがあります。

エビネの分布域は、日本列島全域（北海道西南部から沖縄島まで）、朝鮮半島南部、中国の江蘇省と貴州省に及びます。日本では多くの地域で見られますが、近年は個体数の減少が懸念されています。

エビネの葉は2～3枚付き、薄くて長楕円形から倒卵状披針形で先が尖っています。葉には縦に5本の脈が走り、基部は細い葉柄になります。冬は葉が横伏しますが、数年間は枯れずに残るという特徴があります。

春になると、高さ30～40cmの花茎を伸ばし、多数の花を咲かせます。花はほぼ横向きに平開し、がく片は狭卵形、側花弁は倒卵状披針形で、どちらも先が尖っています。唇弁は3つに裂け、左右の裂片は広く、中央の裂片には縦に3本の隆起線があり、先端は板状に立ち上がります。唇弁の基部は深くくぼんで後ろに突き出し、長さ0.8～1.0cmの距（きょ）となります。花の色は赤褐色、褐色、黄褐色、緑褐色、緑など変異が大きく、唇弁は白または薄紫紅色です。花の色に基づいて、アカエビネ、ダイダイエビネなどの品種が区別されることもあります。

アマミエビネ（奄美大島、徳之島）、カツウダケエビネ（沖縄県）、ハノジエビネ（徳之島）など、地域固有の変種も知られています。近年では、環境省のレッドリストにおいて、アマミエビネとトクノシマエビネは独立種としてそれぞれ絶滅危惧種に指定されています。

エビネは鉢栽培や庭園植栽として楽しまれていますが、春咲き系のエビネ属は様々な植物ウイルスに感染しやすく、ウイルス濃度の上昇によって葉の壊疽、落蕾、花の変形などの症状が現れ、観賞価値が低下します。特にジエビネはウイルス感染を発症しやすい傾向があり、栄養繁殖による増殖が困難です。ウイルス感染症には事実上治療法がなく、焼却処分が推奨されています。

1970～80年代にはエビネブームが起こり、投機対象にもなりましたが、ウイルス感染症の多発によりブームは終焉を迎えました。しかし、現在では無菌播種による人工増殖技術が確立されており、ウイルス感染個体からでも病徴のない実生を得ることが可能です。そのため、多くの専門業者は感染個体を処分し、実生個体と入れ替えることで栽培を継続しています。

ただし、原種エビネは市場価値がそれほど高くないため、営利的な種苗生産はほとんど行われていません。そのため、現在も野生採取された個体が販売されているのが現状です。近年は選別交配種が容易に入手できるようになったため、原種エビネの園芸需要は減少傾向にあり、盗掘による野生個体数の減少も改善しつつあります。

エビネの名所としては、東京都町田市の町田薬師池公園、御蔵島のエビネ公園、神奈川県藤沢市の藤沢えびねやまゆり園などが知られています。

環境省レッドリストでは、エビネは準絶滅危惧（NT）種に指定されています。総個体数は約2万と推定され、平均減少率は約60％にも及びます。減少の主な原因は園芸目的の採集、森林伐採、土地造成などです。多くの都道府県でもレッドリストに掲載されており、その保全が重要な課題となっています。

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