エフゲニー・キーシン

エフゲニー・キーシン：類まれな才能と複雑な経歴を持つピアニスト

エフゲニー・キーシンは、ロシア、イギリス、イスラエルの国籍を持つ世界的に著名なピアニスト、そして作曲家です。1971年、モスクワのユダヤ系家庭に生まれた彼は、2歳からピアノを始め、早くから並外れた才能を示しました。グネーシン音楽学校でアンナ・パヴロフナ＝カントルに師事し、10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を演奏してデビュー、11歳で初リサイタルを開くなど、神童として注目を集めました。12歳でモスクワ・フィルハーモニー管弦楽団と共演したショパンのピアノ協奏曲の録音は世界的な成功を収め、彼の名を世界に知らしめました。

彼のキャリアはその後も輝かしいものとなりました。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団、ロンドン交響楽団など、世界の一流オーケストラや、アバド、カラヤン、小澤征爾といった巨匠たちと共演を重ね、数々の名演を残しています。1986年には日本に初来日し全国ツアーを行い、2003年には再び日本を訪れ、いずれも大きな成功を収めました。1990年にはカーネギーホールでアメリカ・デビューを果たし、その演奏は絶賛されCD化されました。

キーシンの演奏は、その超絶技巧と音楽表現の深さで知られています。彼はショパン、リスト、チャイコフスキー、ラフマニノフといったロマン派の巨匠の作品から、ベートーヴェン、プロコフィエフ、スクリャービンといったロシアの作曲家の作品まで、幅広いレパートリーを誇ります。近年では、フランクやブラームス、メトネルといった、より内省的な作品にも取り組んでおり、音楽家としての探求心を示しています。

演奏活動に加え、キーシンは作曲活動も積極的に行っています。少年時代にはピアノ小品を作曲し、演奏、録音もしていました。2000年代からは作曲活動を再開し、初めて出版された『4つのピアノ小品』作品1は、彼のコンサートでも頻繁に演奏されています。また、ソ連時代には各地の民謡を編曲してアンコールで演奏することもあり、日本の文部省唱歌を編曲したアルバムも制作されました。

キーシンの国際的な成功にも関わらず、彼の経歴には複雑な側面もあります。旧ソ連生まれである彼は、2002年に英国籍、2013年にはイスラエル国籍を取得し、多重国籍者となっています。そして2024年7月19日には、ウクライナ軍支援イベントへの参加を理由に、ロシア司法省から「外国のエージェント」に指定されました。この指定は、ロシア政府による批判と、キーシンを取り巻く複雑な政治状況を反映していると言えるでしょう。

エフゲニー・キーシンは、類まれな才能と、複雑な歴史的、政治的文脈の中で活動するピアニストです。彼の演奏は、単なる技術の粋を超えた、深い音楽性と表現力で聴く者を魅了し続けます。彼の音楽的探求と、多様な国籍を持つ彼の存在は、現代社会における芸術家像を改めて考えさせる、興味深いものです。今後の活動にも目が離せません。

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