エマニュエル・アックス

エマニュエル・アックス（Emanuel Ax）

エマニュエル・アックスは、現代において最も高く評価されているピアニストの一人として知られています。1949年6月8日に旧ソビエト連邦、ウクライナのリヴィウ（当時のリヴォフ）で誕生しました。彼の両親は、ナチスによるホロコーストの過酷な体験を生き延びたユダヤ系ポーランド人でした。

音楽との出会いは早く、6歳の時に父の手ほどきでピアノの学習を始めました。その後、家族と共に居住地を幾度か変えています。8歳でポーランドのワルシャワへ移り、さらに2年後にはカナダのマニトバ州ウィニペグへと居を移しました。1961年、彼は遂にアメリカ合衆国のニューヨークへ渡り、音楽家としての基礎を固めることになります。

ニューヨークでは、高名なジュリアード音楽院に入学し、ピアニストのミェチスワフ・ムンツに師事しました。同時に、父の勧めに従い、コロンビア大学でも学び、フランス文学を専門としました。学業と音楽学習に励む傍ら、1970年にはアメリカ合衆国の市民権を取得し、この国を拠点として活動していく決意を固めます。

彼のキャリアは、権威ある国際コンクールでの成功によって本格的に幕を開けました。1971年のヴィアンナ・ダ・モッタ国際音楽コンクールではピアノ部門で3位に入賞。翌1972年にはエリザベート王妃国際音楽コンクールで7位という成績を収め、その実力を世界に示しました。そして、1974年にイスラエルのテルアヴィヴで開催されたルービンシュタイン国際ピアノコンクールで見事優勝を果たしたことが、彼を国際的な名声へと押し上げる決定打となりました。さらに、1979年にはアメリカ国内で最も権威ある音楽賞の一つとされるニューヨーク・エイヴリー・フィッシャー賞を受賞し、その地位を不動のものとしました。

エマニュエル・アックスは、ピアニストとして非常に幅広いレパートリーを持つことで知られています。バッハのバロック作品から現代音楽に至るまで、時代やジャンルを問わず多様な作品に取り組んでいます。ソロリサイタルでは、主にバロック、古典派、そしてロマン派の主要作品を中心にプログラムを構成することが多い傾向にあります。しかし、彼の活動はソロ演奏に留まらず、室内楽やピアノ協奏曲といった分野でも精力的に活動しており、特定の領域に偏ることなくバランスの取れた音楽活動を展開しています。

録音活動においては、その広範なレパートリーに比して、ソロ作品の録音数は比較的限定的です。例えば、ハイドンのソナタ集、ブラームスの主要なピアノ作品集（ソナタや晩年の小品を含む）、ショパンのスケルツォやバラード集、リスト作品集などがリリースされていますが、その数は多岐にわたるレパートリー全てを網羅しているわけではありません。

一方で、室内楽や協奏曲の録音は非常に豊富です。チェリストのヨーヨー・マとは、ベートーヴェンのチェロソナタ全曲やショパンのチェロソナタを録音し、長年の素晴らしい協演者として知られています。また、ヴァイオリニストのアイザック・スターンとは、ブラームスやフォーレのピアノ四重奏曲を録音するなど、偉大な音楽家たちとの共演を通じて数多くの名盤を生み出してきました。協奏曲分野でも、リスト室内管弦楽団とのハイドンの協奏曲、指揮者のアンドレ・プレヴィンやズービン・メータといった巨匠たちとの共演によるベートーヴェンのピアノ協奏曲全集など、重要な録音を多数残しています。近年では、ピアニストのイェフィム・ブロンフマンと組み、2台ピアノのための作品、特にラフマニノフやブラームスの作品の録音にも取り組んでいます。

現代音楽に対しても強い関心を持ち、ジョン・コリリアーノ、ジョン・アダムズ、クリストファー・ラウズ、ブライト・シェンといった現代作曲家たちのピアノ作品の世界初演を積極的に行っています。また、マイケル・ティペットやハンス・ヴェルナー・ヘンツェなどの作品も演奏しています。特筆すべきプロジェクトとしては、古楽器演奏団体であるジ・エイジ・オヴ・インライトゥンメント・オーケストラと共演し、19世紀前半のフランス式ピアノを使用してショパンの協奏的作品の全曲録音を行ったことが挙げられます。

私生活では、同じくピアニストである野崎洋子と結婚し、現在はニューヨークを拠点に生活しています。二人の子供の父でもあり、家庭を持ちながら世界各地で演奏活動を続けています。

エマニュエル・アックスは、その確かなテクニック、深い音楽性、そして幅広いレパートリーへの挑戦を通じて、クラシック音楽界において不動の地位を確立しています。ソロ演奏はもちろんのこと、他の音楽家との協演においても優れたアンサンブル能力を発揮し、聴衆を魅了し続けている現代を代表する巨匠ピアニストです。

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