エマニュエル・ラボリ

エマニュエル・ラボリ

エマニュエル・ラボリ（Emmanuelle Laborit、1971年10月18日 - ）は、フランスの女優です。生まれつき耳が聞こえず、声での会話が難しい彼女は、ろう者としての経験や文化を表現する活動を通じて、広く知られています。

生い立ちと教育環境

パリに生まれたラボリは、精神科医の父のもとで育ちました。彼女が幼少期を過ごしたフランスでは、かつて手話の使用が法的に制限され、学校教育においても口話を中心とする指導方針がとられていました。そのため、彼女も当初は口話による訓練を受けて育ちました。しかし、コミュニケーションの壁に直面する中で、手話の必要性を強く感じるようになります。

転機が訪れたのは1978年。アメリカ人俳優・映画監督のアルフレッド・コラドが、自身もろう者であり、アメリカのギャローデット大学で手話を学んだ経験を活かし、ヴァンセンヌにろう者のための劇場「国際視覚劇場（IVT）」を設立したことが注目を集めました。彼女の父親は、この機会を捉え、ラボリがIVTで手話の訓練を受けられるよう手配しました。また、彼女自身も手話教育の中心地であるワシントンのギャローデット大学に短期留学し、手話の世界に深く触れることになります。

しかし、当時のフランスの学校では、手話教育への理解はまだ進んでおらず、彼女は手話を拒絶される環境に置かれました。その結果、一般の学校ではなく、口話教育を主とするモルヴァン養護学校で学ぶことになります。困難な教育環境の中でも学び続け、22歳で大学入学資格にあたるバカロレアに合格しました。

俳優としての飛躍

バカロレア合格後、ラボリは俳優であり演出家のジャン・ダルリックに見出されます。そして、アメリカの劇作家マーク・メドフの戯曲『小さな神の子ら』を舞台化した作品『沈黙の子どもたち』で、主人公サラ役を演じることになりました。この作品で、ろう者でありながら力強く生きる女性を演じた彼女は、批評家から高い評価を受けます。

1993年、彼女はこの演技により、フランス演劇界で最も権威ある賞の一つであるモリエール賞の新人賞を受賞しました。これは、ろう者としては史上初の快挙であり、彼女の名前は一躍フランス国内に知れ渡ることとなります。この受賞は、ろう者の俳優が正当に評価されるきっかけとなり、演劇界における多様性の重要性を示す出来事でもありました。その後、彼女は自身を見出したジャン・ダルリックと結婚しています。

自伝と社会的影響

ラボリは自身の半生と、ろう者としての経験、手話との出会い、そして社会との関わりについて綴った自伝『かもめの叫び』（原題：Le Cri de la Mouette）を出版しました。この本はフランス国内でベストセラーとなり、1993年にはヴェリテ賞を受賞するなど、大きな反響を呼びました。自伝の中で語られる、聞こえない世界での葛藤や手話による解放、そしてろう者文化への誇りは、多くの人々に感動と共感を与え、手話やろう者コミュニティに対する社会的な関心を高める上で重要な役割を果たしました。現在、『かもめの叫び』は角川文庫に収録されています。

家族との繋がり

彼女の家族には、著名な学者もいます。祖父のアンリ・ラボリは、もとフランス海軍の外科医でしたが、後に生物学研究に転じ、多数の著作を残しました。特に、統合失調症の治療薬であるクロルプロマジンの臨床的有用性を提唱したことは、精神科医療における薬物療法の扉を開く画期的な業績として知られています。アンリ・ラボリの著書『ラ・ヌーヴェル・グリーュ』は、アラン・レネ監督の映画『アメリカの伯父さん』の着想源にもなっています。このような知的探求心に富む家族の中で育ったことも、ラボリの人物形成に影響を与えていると言えるでしょう。

主な出演作品

女優として、彼女は国内外の映画にも出演しています。

『ビヨンド・サイレンス』（Jenseits der Stille、1996年、ドイツ映画）
『11'09''01/セプテンバー11（イレブン）』（11'09''01 September 11、2002年、フランス映画、オムニバス作品）

エマニュエル・ラボリは、その表現力豊かな演技と、ろう者としての経験を社会に伝える活動を通じて、手話の普及やろう者文化の理解促進に大きく貢献し続けています。彼女の存在は、多様性を尊重する社会の実現に向けた希望の光となっています。

関連情報

• - 聾唖教育
• - エマニュエル・ラボリ - IMDb（英語）

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