エリュトレイアの巫女 (ミケランジェロ)

ミケランジェロの『エリュトレイアの巫女』：システィーナ礼拝堂の美しき巫女

ミケランジェロ・ブオナローティが1509年に制作したフレスコ画『エリュトレイアの巫女』は、システィーナ礼拝堂の天井画を飾る傑作の一つです。この作品は、ギリシア神話に登場するアポロンの巫女であるシビュラの一人、エリュトライのシビュラを主題としています。

作品の構成と配置

システィーナ礼拝堂の天井画は、『旧約聖書』の「創世記」をテーマにした9つの場面を中心に構成されています。ミケランジェロは、これらの場面を囲むように、7人の預言者と5人の巫女を配置しました。『エリュトレイアの巫女』は、第7のベイに描かれた『ノアの燔祭』の左側に、『預言者イザヤ』と向かい合って配置されています。これらの人物像は、天井画の中でも特に大きく描かれ、それぞれが異なる精神の営みを表現するポーズをとっています。

巫女の姿と象徴性

エリュトライのシビュラは、書見台に向かい、静かに読書をする美しい女性として描かれています。彼女はやや前かがみになり、左手を伸ばして予言の書をめくろうとしています。そばには2人のプットーがおり、一人はランプと松明で巫女を照らし、もう一人は眠たそうに目をこすっています。

美術史家のシャルル・ド・トルナイは、巫女たちが異教的な無知のために限定的な予言能力しか持たない存在として描かれていると考えました。すなわち、巫女は労働の疲れから精神的な力を放棄し、ぼんやりと予言の書を読んでいるというのです。

図像プログラムと文献学的影響

『エリュトレイアの巫女』の図像には、いくつかの文献学的な影響が見られます。例えば、『シビュラの託宣』には、エリュトライのシビュラがノアの息子の妻であるという記述があり、ミケランジェロはこれを『ノアの燔祭』と結びつけたと考えられます。『ノアの燔祭』に描かれた女性が持つ燃え木は、本作品ではプットーが持つ松明として表現されています。

また、アウグスティヌスの『神の国』には、エリュトライのシビュラが偶像崇拝に反対したという記述があり、ミケランジェロはこれに基づいて、本作品の真上のメダイヨンに『バアル神像の破壊』を描いたと考えられています。

ルカ・シニョレッリの影響

ミケランジェロは、『エリュトレイアの巫女』の図像を、真下にあるルカ・シニョレッリのフレスコ画『モーゼの遺言と死』と密接に結びつけました。例えば、巫女の図像は、シニョレッリが描いた青年の裸体画をほぼ正確に繰り返したものです。また、シニョレッリのフレスコ画に描かれた、街の灯を絶やさないように命じるモーセの姿と、巫女のためにランプを灯すプットーの姿が呼応しています。

準備素描と色彩

大英博物館に所蔵されている準備素描は、巫女の下半身を覆う外衣の衣文表現を描いたものです。この素描は、クワトロチェント期のフィレンツェで用いられた、人形に湿った布を巻き付けて衣文を再現する手法を用いて描かれています。

色彩もまた、『エリュトレイアの巫女』の大きな魅力の一つです。薔薇色の胸衣の縁取りや、帯、髪飾り、書見台を覆うドレープには繊細な青色が使用され、外衣の明るい緑は黄金色に輝きながらレモンイエローの裏地と絡み合っています。

修復と来歴

1980年から1989年にかけて行われた修復により、過去の加筆や変色したワニスが除去され、制作当時の色彩が取り戻されました。準備習作は、イギリスの肖像画家トーマス・ローレンスの旧蔵品であり、その後、サミュエル・ウッドバーンの手に渡り、彼の死後に大英博物館によって購入されました。

『エリュトレイアの巫女』は、ミケランジェロの卓越した才能を示すとともに、ルネサンス美術の精神と美を体現する傑作として、今日に至るまで多くの人々を魅了し続けています。

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