エルストン・トレヴァー

イギリスの小説家、エルストン・トレヴァー（旧名：トレヴァー・ダドリー＝スミス、1920年2月17日-1995年7月21日）は、その多彩な才能と多作ぶりで知られています。アダム・ホール、サイモン・ラトレイなど、実に複数のペンネームを使い分け、冒険小説からスパイ小説、推理小説、さらには児童書まで、幅広いジャンルに挑戦しました。

トレヴァーは、ケント州ブロンリーで生まれました。スペインとフランスで過ごした後、1973年にはアメリカ合衆国アリゾナ州フェニックスに移住し、そこで生涯を終えました。彼は結婚しており、一人息子がいました。特筆すべきは、空手の達人でもあったという点です。

彼の作品の中でも特に有名なのは、エルストン・トレヴァー名義で発表された冒険小説『飛べ!フェニックス』(1964年)です。この作品は、1965年にロバート・アルドリッチ監督、ジェームズ・ステュアート主演で映画化され、2004年にはリメイク版も公開されました(日本公開題：『フライト・オブ・フェニックス』)。他にも『迎撃―メッサーシュミットを叩け!』(1955年)、『大暴風』(1956年)、『The Billboard Madonna』(1961年)といった作品や、コアラのウンパスとペンギンのフリップ・フラップが登場する児童書『Wumpus』(1945年)、『More about Wumpus』(1947年)などを発表しています。

しかし、トレヴァーを世界的に有名にしたのは、何と言ってもアダム・ホール名義で発表された冷戦スパイ小説「クィラー」シリーズでしょう。「存在しない」政府機関のために働く、一匹狼のスパイ、クィラーの活躍を描いたこのシリーズは、ジェームズ・ボンドのような派手さとは異なる、知的な緊張感とスリリングな展開が特徴です。クィラーは熟練のドライバー、パイロット、ダイバー、言語学者であり、緻密な計画と卓越した交渉術で敵を出し抜いていきます。ただし、銃は携帯しません。シリーズは、スパイとしての駆け引きとプロフェッショナルな交渉の緊迫した描写、章と章の間に挿入される驚くべき場面転換、そして時に自己憐憫に陥るクィラーの深い内面描写が絶妙に組み合わさって構成されています。

シリーズ第1作『不死鳥を倒せ』(原題:The Berlin Memorandum、アメリカ版タイトル:The Quiller Memorandum)(1965年)は、アメリカ探偵作家クラブのエドガー賞長編賞を受賞し、1966年には映画化(『さらばベルリンの灯』)、1975年にはテレビシリーズ化もされました。その後も、『第9指令』(1966年)、『ストライカー破壊計画を追え』(1968年)、『The Warsaw Document』(1971年)など、多くの作品が発表され、シリーズは長く愛され続けました。その他のアダム・ホール名義の作品として、サン・ドミンゴ海岸での謎の飛行機墜落事故の真相を暴く『The Volcanoes of San Domingo』があります。

さらに、サイモン・ラトレイ名義では、アガサ・クリスティのエルキュール・ポワロを思わせる名探偵ヒューゴ・ビショップを主人公にした推理小説シリーズを、『Knight Sinister』(1951年)から1957年にかけて5作発表しています。

エルストン・トレヴァーは、数多くのペンネームを使い分け、多様なジャンルに挑戦することで、読者に常に新しい驚きと発見を与え続けました。彼の作品は、現在でも多くの読者から高い評価を得ており、その独特のスタイルと魅力は、これからも多くの人々を魅了し続けることでしょう。彼の作品群は、ミステリー小説史に重要な足跡を残したと言えるでしょう。

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