エルンスト・カントロヴィチ

エルンスト・ハルトヴィヒ・カントロヴィチ：激動の時代を生きた歴史家

エルンスト・ハルトヴィヒ・カントロヴィチ（1895年-1963年）は、20世紀を代表する歴史家の一人です。ドイツで生まれ、アメリカで亡くなった彼の生涯は、激動の時代と深く結びついていました。ユダヤ系ドイツ人の家庭に生まれたカントロヴィチは、醸造業を営む裕福な家庭で育ちました。第一次世界大戦ではドイツ軍の将校として従軍し、戦後はベルリン大学で経済学を学ぶ傍ら、右翼民兵組織にも参加するなど、複雑な政治的立場をとっていました。ミュンヘン大学を経て、最終的にハイデルベルク大学に落ち着き、経済学の道を歩みつつ、アラビア語、イスラーム学、歴史学、地理学など幅広い分野に造詣を深めていきました。

ハイデルベルク時代には、象徴主義詩人シュテファン・ゲオルゲを中心とした芸術家・知識人サークル「ゲオルゲ・クライス」に参加し、ゲオルゲの思想に大きな影響を受けました。この経験は、のちに彼の歴史研究のスタイルや視点に大きな影響を与えることになります。1921年、イスラム経済史に関する学位論文で博士号を取得しました。

『皇帝フリードリヒ二世』と歴史家としての出発

カントロヴィチの関心の焦点は、次第に中世ヨーロッパ、特に王権論へと移っていきました。1927年に発表された『皇帝フリードリヒ二世』は、彼の歴史家としてのキャリアを決定づける作品となりました。この伝記は、フリードリヒ二世の政治や軍事的事績を詳細に記述したものではなく、詩的な表現を用いて、彼を悲劇の英雄として描いたものでした。歴史的史料に基づかない記述や、空想的な要素を含む記述も多く、歴史学界からは批判の声が上がりました。しかし、カントロヴィチはその後、詳細な史料に基づいた補遺版を出版することで、批判に応えています。

ナチス政権下での苦難とアメリカへの亡命

『皇帝フリードリヒ二世』に対する批判と、正式な教授資格の不足にもかかわらず、カントロヴィチはフランクフルト大学で教授職に就きました。しかし、ナチスの台頭により、1933年には大学の職を失うことになります。ナチスによるユダヤ人迫害が激しくなる中、1938年の水晶の夜事件を機に、アメリカに亡命しました。

バークレーとプリンストンでの活躍と『王の二つの身体』

1939年、カリフォルニア大学バークレー校で教鞭をとるようになったカントロヴィチは、ほどなくして常任教授となりました。しかし、1950年代の赤狩りの際に、大学の忠誠宣誓を拒否し、職を辞しました。この決断は、彼の強い正義感と学問の自由に対する信念を示すものでした。その後、プリンストン高等研究所に招かれ、1951年から研究生活を送りました。

プリンストン時代には、彼の代表作である『王の二つの身体』（1957年）を著しました。この著作は、中世・近世における王権の概念、「王の二つの身体」すなわち自然的身体と政治的身体を、多角的な視点から分析したものです。シェイクスピアやダンテなどの作品も参照しながら、中世政治神学を深く掘り下げ、後世の歴史学や政治学に多大な影響を与えました。

カントロヴィチ論争

カントロヴィチの生涯と業績は、常に議論の的となっています。特に、歴史家ノーマン・カンターによる『中世の発明』（1991年）での批判は大きな反響を呼びました。カンターは、カントロヴィチがナチスに同調していた可能性を指摘しましたが、カントロヴィチの弟子や他の歴史家からは反論が出ています。この論争は、カントロヴィチの複雑な政治的立場や、彼の著作におけるナショナリズム的な要素など、様々な側面を浮き彫りにしています。

晩年と死

1963年、カントロヴィチは大動脈瘤のため、プリンストンで亡くなりました。彼の死後も、彼の著作は世界中の歴史学者や政治学者に読み継がれ、中世史研究に多大な貢献をした歴史家として、現在も高く評価されています。彼の複雑な人生と、時代の波に翻弄されながらも、自身の信念を貫き通した生涯は、現代社会においても多くの示唆を与えてくれます。

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