エレバス (クレーター)

エレバス (Erebus)

エレバスは、火星の広大な平原であるメリディアニ平原に存在するクレーターの一つです。この地形は、アメリカ航空宇宙局（NASA）の火星探査機「オポチュニティ」が、その主要な探査目標の一つであった大型クレーター「ビクトリア」へ向かう長い旅の途中で立ち寄り、詳細な調査を行った場所として特に知られています。

その名称は、歴史的な極地探検に由来します。具体的には、19世紀に活躍したイギリスの探検家、ジェームズ・クラーク・ロス卿が1841年に南極のロス棚氷を発見した探検の際に使用した船「HMSエレバス号」にちなんで名付けられました。火星の地形に地球の探検史にゆかりのある名前が付けられるのは珍しいことではありません。

オポチュニティによるエレバス・クレーター周辺の集中的な科学観測は、およそ2005年10月から2006年3月にかけて実施されました。この期間、ローバーはクレーターの縁や内部、そして周辺の地形を丹念に調査しました。

エレバスは、地理的にはオポチュニティがそれ以前に探査を行った、より規模の小さい「ボストーク・クレーター」から南へ約2500メートル離れた位置にあります。このクレーターが位置する地域は、科学者たちが「エッチド・テレイン（Etched Terrain）」と呼ぶ独特の地形が広がっています。これは、メリディアニ平原を広く覆う砂の層の下から、古い岩石が侵食によって露出し、複雑なパターンを形成している領域を指します。

クレーター自体の大きさを見ると、エレバスの直径は約350メートルです。これは、オポチュニティが初期に探査した「エンデュランス・クレーター」の約2倍の大きさに相当します。しかし、その規模に反して、エレバスは非常に長い地質学的時間を経ており、風やその他の自然プロセスによる浸食が極めて著しく進行しているという特徴があります。そのため、火星の軌道上から撮影された画像や、地表からの遠景で、クレーターの完全な円形の凹みを明確に識別することは困難です。

地上からエレバスを観察した場合、その姿はむしろ、周囲の砂丘地帯の中に埋もれるように存在する、平坦な岩石が緩やかに円形を描いて配置されているかのように見えます。クレーターの構造は古く、その深さも比較的浅くなっているため、大きな凹地というよりも、地形の微妙な変化として捉えられることが多いのです。しかし、その浸食された縁の部分には、地質学的に興味深い露頭が存在し、「パイソン・リッジ」や「オリンピア・リッジ」といった個別の名前が付けられた岩体もあります。

オポチュニティによるエレバス・クレーターの探査は、メリディアニ平原の地質史、特に過去の水活動の痕跡や、堆積岩層の形成プロセスを理解する上で重要なデータを提供しました。このクレーターとその周辺のエッチド・テレインは、火星の表面が数億年、あるいは数十億年という長い時間をかけてどのように変化してきたかを示す貴重な証拠を含んでいると考えられています。

もう一度検索