エレファント・モレインA79001

エレファント・モレインA79001 (EETA79001)

南極で発見された火星からの使者

南極大陸、特にエレファント・モレインのようなブルーアイス域は、氷河の動きによって埋もれていた隕石が地表に露出する「隕石トラップ」として知られている。ここでは、氷と風の浸食作用により、長い時間をかけて蓄積された地球外物質が発見される可能性が高い。1980年1月13日、このような環境を持つエレファント・モレインで、後の惑星科学研究において極めて重要な役割を果たすことになる一つの石が見つかった。それが、「エレファント・モレインA79001」と名付けられた隕石であり、しばしばその略称である「EETA79001」として言及される。

特徴と分類

EETA79001は、発見時の重量が約7.9キログラムと比較的大型の隕石であり、2008年時点では、同じく火星起源とされるザガミ隕石に次いで二番目に大きな火星隕石であった。この隕石は、その岩石学的および化学的特徴から、火星隕石の主要なグループの一つである「シャーゴッタイト（shergottite）」に分類されている。シャーゴッタイトは、主に玄武岩や輝石といった火山岩質の鉱物で構成されており、比較的若い年代（数億年前）に火星の火山活動によって形成されたと考えられている。この分類名は、1865年にインドのシャーゴッティに落下した隕石に由来している。火星隕石には、シャーゴッタイトの他に、ナクリータ（nakhlite）やウィルキンソナイト（chassignite）など、異なる起源や組成を持つグループが存在するが、EETA79001は最も一般的なシャーゴッタイトに属する。

火星起源説を確立した決定的証拠

EETA79001が科学界で一躍注目を浴びる存在となったのは、1983年に行われたある重要な分析結果が発表されてからである。NASAのゴダード宇宙飛行センターの研究チームは、この隕石の内部、特にガラス状の鉱物内に閉じ込められていた微量のガス成分を精密に分析した。彼らが着目したのは、大気中に比較的安定して存在し、同位体比率が惑星ごとに固有の特徴を示す貴ガス（希ガス）である。

驚くべきことに、EETA79001から検出されたキセノン、クリプトン、ネオンといった貴ガスの同位体組成が、1976年に火星に到達したNASAのバイキング探査機が行った火星大気成分分析のデータと、誤差の範囲内で完全に一致したのである。例えば、キセノンの同位体比率（例えば、¹²⁹Xe/¹³²Xeや¹³⁰Xe/¹³²Xeなど）や、ネオン、アルゴンの同位体比率は、惑星の形成史や大気の進化を反映するため、惑星ごとに大きく異なる。EETA79001のガス組成がバイキングのデータと一致したという事実は、この隕石が地球の大気汚染によるものではなく、文字通り火星の大気成分を取り込んだ物質であることを決定的に証明した。

この発見は、EETA79001を含む特定の隕石群が火星から飛来したものであるという、当時まだ仮説の域を出ない部分もあった「火星起源説」を、揺るぎない科学的事実として確立する上で最も強力な証拠となった。これらの隕石は、おそらく数百万年から数千万年前に、火星表面に発生した巨大な隕石衝突などによって宇宙空間に弾き出され、その後、惑星間の空間を漂流した末に地球の重力に捕らえられ、大気圏を通過して地上に落下したと考えられている。

科学的価値と貢献

EETA79001のような火星隕石は、地球に居ながらにして火星の物質を研究できる、かけがえのない天然サンプルである。将来の火星サンプルリターンミッションが実現するまでの間、これらの隕石は火星の地質学、鉱物学、化学組成、そして特に過去の環境や大気に関する貴重な情報源となる。EETA79001から得られたガス組成のデータは、火星の進化モデルを構築する上で基礎的なデータとなり、その後の火星探査計画の立案にも影響を与えた。

EETA79001の研究は現在も続けられており、その岩石や鉱物に含まれる微量元素、同位体、有機物などの分析から、火星内部の活動、表層環境、水の存在の可能性など、様々な知見が引き出されている。この小さな石片は、人類が火星という隣の惑星を理解するための探求において、静かだが決定的な証言者としての役割を果たしているのである。

エレファント・モレインA79001