エレーヌ・ボスキ

エレーヌ・ボスキ（Hélène Boschi, 1917年11月8日 - 1990年7月9日）は、スイスに生まれ、20世紀後半にわたり国際的に活躍した著名なピアノ奏者であり、また影響力のある教育者でした。

ローザンヌで生を受けた彼女は、若くしてパリのエコールノルマル音楽院に進み、高名な教育者として知られるイヴォンヌ・ルフェビュールに師事しました。さらに、伝説的なピアニストであるアルフレッド・コルトーからも薫陶を受け、その類稀なる音楽的才能を磨き上げました。

ボスキのキャリアは、演奏活動と教育活動が車の両輪のように展開されました。演奏家としては、幅広い時代のレパートリーを深く探求し、特に忘れられがちな作品にも光を当てました。その功績の一つとして、1952年にスペインの作曲家アントニオ・ソレールの鍵盤ソナタ集を録音し、この録音によってフランス・ディスク大賞を受賞したことが挙げられます。これは、彼女が単に有名な作品だけでなく、音楽史における重要な作品に真摯に向き合った証と言えるでしょう。

また、1955年から1965年までの10年間、フランス国営放送（RTF）の専属ピアニストを務め、広くフランス国内の聴衆にその演奏を届けました。ラジオ放送という媒体を通じて、彼女の音楽は多くの人々に親しまれました。

彼女は現代音楽に対する造詣も非常に深く、現代作曲家たちからの信頼も厚かったことが知られています。イタリアの作曲家ルイージ・ダッラピッコラの重要なピアノ作品である《アンナリベラの音楽帳》や、フランスの作曲家クロード・バリフのピアノ・ソナタ第4番など、複数の現代作品が彼女に献呈されています。これは、彼女が現代作品の複雑な音楽語法を理解し、表現する能力に長けていたことを物語っています。

さらに、ロベルト・シューマンとその妻クララ・シューマンの作品に対する深い愛情と独自の解釈は、彼女の演奏活動において特筆すべき点です。ボスキはシューマン夫妻の音楽に一家言を持ち、クララ・シューマンのピアノ作品や室内楽作品の録音を数多く手掛けました。そのシューマン研究と演奏が国際的に認められ、1976年には、シューマン生誕の地であるドイツのツヴィッカウ市から、権威あるロベルト・シューマン賞を贈られました。

教育者としてのボスキもまた、多大な貢献をしました。1960年からは、母校であるエコールノルマル音楽院で後進の指導にあたりました。その後、1965年から1985年までの20年間、ストラスブール音楽院に移り、教育活動の中心としました。これらの常設の教育機関での活動に加え、ドイツのヴァイマルをはじめとする各地で、頻繁にマスタークラスを開講し、国際的な教育活動も積極的に行いました。彼女の教えを受けた数多くの生徒の中から、ポーランドの著名なピアニストであるピョートル・アンデルジェフスキなど、世界的に活躍する音楽家が輩出されています。

演奏家、教育者として、20世紀の音楽界に確固たる足跡を残したエレーヌ・ボスキは、1990年7月9日にストラスブールにてその生涯を閉じました。彼女の芸術性と教育への情熱は、今なお多くの音楽家や音楽愛好家によって記憶されています。

もう一度検索