エンツハイムの戦い

エンツハイムの戦い：ルイ14世の野望とヨーロッパの均衡

1674年10月4日、フランス王国と神聖ローマ帝国はアルザス地方のエンツハイムで激突しました。このエンツハイムの戦いは、ルイ14世によるヨーロッパ支配への野望と、それを阻止しようとする諸国の対立を象徴する、仏蘭戦争における重要な戦闘の一つです。

戦いの背景：ルイ14世の拡大主義

仏蘭戦争の発端は、ルイ14世の絶対王政下のフランスの膨張主義にありました。フランスはネーデルラント継承戦争（1667-1668年）でオランダを裏切り、その領土獲得を狙います。当初はフランスの同盟国であったオランダは、フランスの脅威に対抗するため、イングランド、スウェーデンと三国同盟を締結。フランスの拡大を阻止しようとしました。

しかし、ルイ14世は巧みな外交と資金力によって、スウェーデンとイングランドを同盟から引き離し、1672年にはオランダに侵攻を開始します。この侵攻は失敗に終わりますが、神聖ローマ帝国などの諸国が対仏大同盟を結成し、戦争は泥沼化していきました。

1674年の戦役では、帝国軍はアルザス地方で新たな戦線を開こうとします。帝国元帥アレクサンドル・ド・ブルノンヴィル率いる4万以上の軍勢がストラスブールからライン川を渡り、アルザスへと侵攻。中立地帯であったストラスブールの協力を得て、フランス軍を挟み撃ちにしようと目論みました。ブランデンブルク選帝侯からの援軍も期待しており、フランス軍を圧倒できるという自信がありました。

フランス軍の戦略：テュレンヌの奇襲

対するフランス軍は、テュレンヌ子爵率いる2万2千人、大砲30門という劣勢の状況でした。テュレンヌは、ブルノンヴィル軍とブランデンブルク軍の合流を阻止するため、迅速な行動に出ます。彼は、敵の不意を突くため、夜陰に乗じてモルスアイムに進軍し、エンツハイムに布陣する帝国軍の連絡線を脅かしました。そして10月4日、濃霧と雨の悪天候を巧みに利用し、帝国軍への接近を隠し、奇襲攻撃を開始しました。

エンツハイムでの激戦：泥濘の戦場

エンツハイムには、約3万5千人の帝国軍が布陣していました。両軍は歩兵を中央、騎兵を両翼に配置する、ほぼ同じ陣形をとり戦闘を開始しました。フランス軍は、戦列の後方に騎兵の予備隊を配置、マスケット銃隊を騎兵隊の間に配置することで、陣形の穴を塞ぐ戦術を取りました。

戦場には、東側にぶどう園と大きな森、西側に小さな森林地帯と峡谷が存在しました。これらの地形が帝国軍の左翼を守っていました。両軍とも西側の小さな森の重要性を認識し、激しい争奪戦が展開されました。フランス軍は歩兵と竜騎兵を投入して森を攻撃しますが、悪天候のため砲兵は思うように支援できませんでした。

森の攻防戦は長引き、フランス軍は一時的に森を制圧しますが、帝国軍の反撃によって撃退されます。この森への攻撃に多くの兵力を投入したため、フランス軍の中央に大きな隙が生じました。ブルノンヴィルは、この隙を突いて騎兵突撃を敢行します。帝国軍の騎兵はフランス軍の中央と左翼を攻撃しますが、フランス歩兵の堅陣と騎兵隊の反撃によって撃退されます。

この戦闘では、イングランドからのフランス派遣軍も重要な役割を果たしました。イングランドはオランダと講和していましたが、フランスへの派遣軍はそのまま残っており、後の初代マールバラ公爵ジョン・チャーチル大佐も従軍していました。チャーチルは森の戦闘で活躍し、帝国軍の大砲を鹵獲しました。

戦いの結果：戦略的勝利

戦闘は膠着状態に陥るかに見えましたが、フランス軍は最終的に森の制圧に成功します。これにより帝国軍の左翼は危険に陥り、ブルノンヴィルは撤退を決定。帝国軍はコルマールで冬営に入り、フランス軍も北のアグノーに移動して休息を取りました。両軍とも大きな損害（フランス軍約3500人、帝国軍約3000人）を被りましたが、戦術的には決定的な勝利とはなりませんでした。

しかし、この戦いはテュレンヌの戦略的勝利でした。帝国軍の行動を封じることに成功したのです。帝国軍の冬営により、1675年春まで行動を制限されたことで、テュレンヌは自由に行動できるようになり、後のトゥルクハイムの戦いでの決定的な勝利へと繋がりました。現代では、戦場の大部分はストラスブール国際空港の一部となっていますが、エンツハイムの戦いは、ルイ14世の野望とヨーロッパ列強の対立を描いた歴史の重要な一コマとして記憶されています。

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