エンヤトットでDancing!!

『エンヤトットでDancing!!』は、日本のシンガーソングライター、岡林信康が1987年に自身のレーベルから自主制作でリリースした音楽アルバムです。この作品は、当時の岡林の音楽的探求と人生観の変化が色濃く反映されており、彼のキャリアにおける重要な転換点を示す一枚と言えます。

制作の背景

このアルバムの構想は、岡林が自身の音楽における日本の「オリジナル」とは何かを深く問い直す過程から生まれました。長い探求の末、祭り囃子や民謡、神楽などに連綿と受け継がれる独特のリズムやグルーヴこそが、その鍵を握ると確信するようになります。特に、小学二年の頃に牧師の子息として禁じられていた盆踊りへ思わず飛び入り参加し、江洲音頭のリズムに身を任せた時に感じた「これは面白い、賛美歌よりもずっと良いではないか」という強烈な陶酔感が、彼の音楽活動の深層に深く刻まれていました。その感覚を自身の音楽でいかに表現するか、模索する日々が続きます。

しかし、民謡関係者や和太鼓グループとの共演といった試みは、求めていたサウンドには至らず、困難を極めました。敬愛するボブ・ディランをはじめとする西洋音楽からも一旦距離を置きましたが、納得のいく歌詞も曲も生まれず、音楽活動は停滞し、経済的にも厳しい状況に追い込まれていきます。現代社会における家電への依存や、大規模な機材と多大な経費を要するコンサートへの疑問など、「生身」での表現から遠ざかる状況への強い欲求不満も募っていました。

転換点と「ベアナックルレヴュー」

このような状況から脱却するため、岡林は一度、原点に立ち返って何かを見出そうと決意します。1983年9月には作詞家の吉岡治と共に奈良県下の道場で断食を決行。食事を徐々に減らし、最終的に水だけで一週間を過ごした結果、体の変化を通じて「人間は必要最低限のもので十分に生きていける」「生身の自分と最低限の道具があればこそ、真の幸福があるのではないか」という確信に至りました。この思想を体現すべく、1984年6月からは『ベアナックルレヴュー'85』（『むき出しの拳』の意）と題した、アコースティックギター一本だけを携え、呼ばれた場所ならどこへでも赴くという異色のツアーを開始します。このツアーは、全国二百箇所以上にも及ぶ長期間かつ広範囲なものとなり、岡林のその後の音楽スタイルを決定づける重要な経験となりました。

「エンヤトット」スタイルの確立

『ベアナックルレヴュー』ツアー中の1986年11月、大阪で韓国の伝統音楽グループ「サムルノリ」の演奏に触れたことが、決定的なインスピレーションとなります。彼らが自国の伝統リズムを現代に表現している姿に衝撃を受け、これが契機となり、日本の民謡リズムを基盤とした独自のロックサウンド、「エンヤトット」スタイルの楽曲が生み出されていきました。

レコーディング

本作は、前作『GRAFFITI』から一転、これまでの枠にとらわれない全く新しいスタイルを志向した楽曲が多数収録されています。レコーディングは試行錯誤の連続であったと岡林は振り返っていますが、同時に、まさに今、新しい音楽が生まれているという喜びと興奮、そして予測不能なスリルに満ちた、充実した時間だったとも語っています。録音は歌と伴奏を同時に行うスタイルがとられ、最も歌が良いテイクが採用されました。たとえ演奏に多少のミスがあっても、その場の空気や躍動感が感じられるテイクであれば良しとするなど、独特の基準で進められました。例えば、実際にオルガンが鳴っていなくても、聴感上その響きが感じられれば不要と判断するなど、常識にとらわれない柔軟な判断がなされています。

リリースとエピソード

このアルバムは、『ベアナックルレヴュー'85』ツアーを終えた後に完成しました。次のツアーへ向かう中で、岡林は会場でのカセットテープによる直接販売を強く希望します。しかし、「レコード会社から発売されたものは小売店からしか発売できない」という当時のレコード協約が大きな壁となり、また、レコード会社もこの新しい音楽スタイルに消極的だったため、一般的な流通ルートでの販売は難しい状況でした。このため、自主制作という形で販売されることになります。長らく公式なCD化は実現しませんでしたが、発売から25年以上を経た2015年にようやくCDとしてリリースされました。

収録曲のうち、「Darling I'll Say Good-Bye」は、ネオン街へ飲みに行く予定が変更になり、知人の元アレンジャー宅のスタジオで徹夜作業となったエピソードを持っています。また、「'84 冬」は、闘病中の父を想い、ツアーで滞在していたホテルの部屋で制作された楽曲であり、父と自分、そして子どもたちとの関係性への深い想いが込められています。

収録曲は全て岡林信康による作詞・作曲です。

Side A

- ロコモーション
- ダンスミュージック
- JAPANESE MUSICIAN
- だからアンタは幸せだ!!
- サムルノリ–熱い風–

Side B

- はるか深き光に
- Darling I'll Say Good-Bye
- '84 冬
- 嘆きの淵にある時も
- 我が祖国

このアルバムは、岡林信康が自身の音楽的ルーツを再発見し、既存の枠組みを超えた新たな表現を確立した、探求と情熱の記録と言えるでしょう。

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