エヴゲーニイ・ザミャーチン

エヴゲーニイ・イワーノヴィチ・ザミャーチン：革命と弾圧の狭間で生きた作家

エヴゲーニイ・イワーノヴィチ・ザミャーチン（1884年～1937年）は、20世紀前半のロシアを代表する作家のひとりです。彼の名は、ディストピア小説の金字塔『われら』によって広く知られていますが、その生涯は、激動の時代を生きた反体制派作家としての苦悩と葛藤に満ちたものでした。

ザミャーチンは、ロシア帝国時代のタンボフ県で生まれました。幼少期は孤独な読書に耽り、ペテルブルク理工科大学に進学。在学中は造船所で働き、中近東への旅行も経験するなど、多様な経験を積みました。

しかし、彼の生涯は学問だけではありませんでした。1905年には、オデッサでのゼネストや戦艦ポチョムキンの反乱を目撃し、革命運動に身を投じます。ペトログラードでボリシェヴィキの一員として活動した彼は、逮捕・流刑の憂き目にも遭いました。それでもなお、こっそりと大学に戻り、1908年に卒業、造船技師としての道を歩み始めます。

造船技師としての経験は、彼の創作活動にも大きな影響を与えました。1912年には『ある地方の物語り』、1914年には『地方の果てで』を発表し、ネオ・リアリズム作家として注目を集めます。第一次世界大戦中は、砕氷船アレクサンドル・ネフスキー号（のちのレーニン号）の建造監督のためイギリスに派遣され、設計から完成まで携わりました。この経験は、イギリス社会の偽善を暴いた中編小説『島の人々』（1918年）に結実します。

十月革命後、ザミャーチンは文学活動家として活躍します。ゴーリキーらと共に文学活動家同盟や世界文学出版所に参加し、全露作家同盟ペトログラード支部の組織にも尽力しました。1917年から1920年代半ばにかけては、ロシア文壇の中心的な存在として、大きな影響力を持っていました。

しかし、ソ連初期の社会主義体制に対する彼の見方は、次第に批判的なものとなっていきます。個人の自由の抑圧、計画経済の行き過ぎに危惧を感じたザミャーチンは、1918年、ソ連体制を暗喩的に批判する短編小説『龍』を発表します。これは、チェーカー（ソ連秘密警察）を象徴する「龍」が、ちっぽけな人間を乗っ取る物語です。

ザミャーチンの代表作である『われら』は、1920年から1921年にかけて執筆されました。このディストピア小説は、全体主義国家における個人の抑圧、自由の喪失を鋭く描いた作品であり、世界中で高い評価を得ています。興味深いことに、『われら』は、ロシア語版よりも先に英訳版がニューヨークで出版されました。

しかし、彼の批判的な姿勢は、ソ連政府の怒りを買います。ザミャーチンは逮捕・投獄され、国外追放を申請するも拒否されました。プロレタリア文学至上主義の高まりとともに、彼の作品は批判の的となり、作家同盟からも脱退を余儀なくされます。

1931年、あらゆる出版活動が禁止された彼は、ゴーリキーの仲介によりスターリンに宛てた手紙で国外への一時滞在許可を願い出、1年間の許可を得てソ連を離れました。パリに移住したものの、生活は苦しく、映画のシナリオ執筆や歴史小説の執筆に没頭するも、1937年、心臓病のためパリで亡くなりました。

ザミャーチンは、激動の時代にあって、その鋭い観察眼と文学的才能で、ソ連初期社会の矛盾と個人の自由の抑圧を描き続けました。彼の作品は、時代を超えて、現代社会に警鐘を鳴らし続ける、不朽の名作といえるでしょう。彼の生涯と作品は、自由と抑圧、個人の尊厳という普遍的なテーマを私たちに問いかけ続けています。

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