エーミールと探偵たち

『エーミールと探偵たち』

『エーミールと探偵たち』（原題：Emil und die Detektive）は、ドイツの作家エーリッヒ・ケストナーによって1929年に発表された、世界的に知られる児童文学作品です。日本では主に岩波書店から、『エミールと探偵たち』という題名で刊行され、小松太郎や高橋健二らの訳で多くの読者に親しまれてきました。この物語は、子どもたちの機知と勇気、そして友情の力を描いた傑作として、発表から90年以上を経た現在も色褪せることなく読み継がれています。

物語の主人公は、ドイツのノイシュタットという街に住むエーミール・ティッシュバイン。父親を幼くして亡くし、美容師として働く母親と二人暮らしです。夏休みを利用して、ベルリンに暮らす母方の祖母と従妹を訪ねる旅に出ることになったエーミールは、祖母への仕送りとして母親から140マルク（当時の大金）を預かります。列車に乗り込み、大切なお金をピンで服の内ポケットに留めるという母親の言いつけを守ったエーミールでしたが、車中で居眠りしている間に、同席したマックス・グルントアイスと名乗る見知らぬ男によってお金を盗まれてしまいます。

ベルリン動物園駅で列車を降りたエーミールは、犯人と思しきグルントアイスの後を追いますが、見慣れない大都会で途方に暮れてしまいます。所持金もなく、どうしてよいか分からないエーミールに声をかけたのが、地元の少年たちのリーダー格であるグスタフでした。エーミールから事情を聞いたグスタフは、警察に届け出たくないというエーミールの意向（地元での悪戯がばれるのを恐れていたため）を尊重し、仲間たちと協力して泥棒を捕まえることを提案します。

こうして、グスタフを中心にベルリン中の少年たちが続々と集結し、自警団ならぬ「少年探偵団」が結成されます。当初はひっそりと追跡するつもりでしたが、あまりにも多くの少年が集まったため、作戦は変更されます。彼らは連携を取りながらグルントアイスを巧妙に追跡し、やがて彼を取り囲んで自分たちが全てを知っていると悟らせることで、心理的な圧力をかけます。グルントアイスが焦って自ら何か行動に出るのを待つ作戦です。この少年たちの驚くべき組織力と行動力が、物語の最大の魅力の一つです。

追い詰められたグルントアイスは、盗んだ現金を銀行で両替し、証拠を隠滅しようとします。しかし、少年たちの見張りとエーミールの機転によって犯行が露見し、駆けつけた警官によって逮捕されます。その後の調べで、グルントアイスは一ヶ月前にハノーバーで起きた銀行強盗事件の指名手配犯の一味であり、エーミールに名乗った名前も偽名だったことが判明します。エーミールは盗まれたお金を取り戻せただけでなく、犯人逮捕に貢献したとして銀行から多額の懸賞金を受け取り、物語はハッピーエンドを迎えます。最後に、エーミールの祖母は集まった少年たち全員に、多額の現金を持ち歩く危険性と、銀行などを通じた送金の重要性を説く教訓を与えます。

作品には、主人公のエーミールのほか、リーダーシップを発揮するグスタフ（「警笛のグスタフ」）、参謀役の秀才テーオドル（「教授君」）、情報収集を担当する小柄なディーンスターク（「火曜日君」）といった個性豊かな少年たちが登場します。また、作者であるエーリッヒ・ケストナー自身が、物語の中で新聞記者として登場し、エーミールたちを助けるユニークな演出もなされています。物語の舞台となるヴァイマル共和政下のベルリンの活気ある様子や、当時の交通機関なども生き生きと描かれており、時代の雰囲気を感じ取ることができます。

『エーミールと探偵たち』は、その人気から発表後すぐに映画化され、1931年の最初の映画化以来、ドイツ国内外で何度も映像化されています。舞台劇やミュージカルとしても上演されており、様々な形で多くの人々に親しまれ続けています。なお、スウェーデンの作家アストリッド・リンドグレーンの作品に登場する同名のキャラクター「エーミール」（やかまし村の子どもたちシリーズなど）とは、物語の内容に関連はありません。

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