エーリッヒ・ミールケ

エーリッヒ・ミールケ：東ドイツの秘密警察を率いた男

エーリッヒ・フリッツ・エミール・ミールケ（1907年12月28日 - 2000年5月21日）は、ドイツ民主共和国（東ドイツ）において、秘密警察・諜報機関を統括する国家保安大臣を長年にわたり務めた人物です。彼の名前は、冷戦時代における東ドイツの抑圧的な体制を象徴するものとして知られています。

生い立ちと共産主義への傾倒

ベルリンに生まれたミールケは、両親がドイツ共産党の創設メンバーであったという環境で育ちました。自身も1921年にドイツ青年共産団に入団し、早くから共産主義運動に関わります。小売業の徒弟として働きながら、1925年にはドイツ共産党に入党。『赤旗』の記者として活動する傍ら、党の私兵集団である「赤色戦線戦士同盟」にも加入しました。これは、ナチ党の突撃隊に対抗する共産党の警備部隊でした。

逃亡と亡命

1931年、ミールケはベルリンでのデモ行進中に2人の警察官を殺害したとされ、ベルギーに逃亡。その後、ソビエト連邦に亡命しました。ソ連では高く評価され、コミンテルン学校に入校し、共産主義者としての訓練を受けました。

1936年、ミールケは「フリッツ・ライスナー」の偽名でスペイン内戦に国際旅団の一員として参加。大尉として部隊を指揮する一方で、政治将校として部隊内の反スターリン主義者の粛清にも従事しました。フランコ軍の勝利後、他の国際旅団の義勇兵と共にドイツ系ラトビア人「リヒャルト・ヘーベル」としてフランスやベルギーに潜伏し、第二次世界大戦中にフランスがドイツに降伏した後はレジスタンスに協力、逮捕されラトビア人として強制労働に従事していたとも言われます。ただし、第二次世界大戦前後のミールケの足跡には謎が多く、フランスでレジスタンス運動に協力などはしておらず、ドイツ国内で偽名を使って潜伏していたとの説もあります。

シュタージ長官として

第二次世界大戦終結後の1945年、ミールケはドイツに帰国し、ソビエト占領軍当局に協力。共産党（後のドイツ社会主義統一党＝SED）の中央委員会で警察・司法担当委員となります。1949年のドイツ民主共和国建国翌年に創設された国家保安省（シュタージ）では次官として活動し、1957年に長官に就任しました。ミールケの指導下で、シュタージは巨大な組織に成長し、彼には「恐怖のマスター」という異名が与えられました。特に、彼の命令により、東ドイツの国境警備隊は、ベルリンの壁や東西ドイツの国境線を越えて西側へ亡命しようとする者に対して発砲しました。

権力の座から失脚へ

1971年、エーリッヒ・ホーネッカーが書記長に就任すると、ミールケは政治局員候補となり、1976年には正式な政治局員となりました。また、国防委員会委員や人民議会議員も兼任し、1980年には上級大将に昇進するなど、権勢を誇りました。しかし、1989年の東欧革命の波及により、東ドイツ体制は崩壊。ミールケは大臣を辞任し、政治局員も辞任しました。政治的延命を図り、人民議会で「私は万人を愛している」と演説しましたが、嘲笑を浴びました。その後、汚職罪で逮捕され、かつて自身が率いたシュタージの拘置所に収容されるという皮肉な運命を辿りました。

裁判と晩年

ドイツ再統一後、ミールケは亡命者射殺命令の責任を問われ、裁判にかけられました。しかし、高齢と病気を理由に責任を免れました。1993年、1931年の警察官殺害事件で6年の刑を言い渡され、1995年に釈放。年金生活に入りました。2000年5月、ミールケは老人ホームで死去。遺言により、社会主義者が埋葬されているベルリンのフリードリッヒスフェルデ中央墓地に埋葬されましたが、墓が荒らされる恐れがあるため、墓碑などは一切存在しません。

エーリッヒ・ミールケの生涯は、20世紀の激動の歴史と、全体主義体制における権力の構造、そしてその崩壊の過程を象徴するものとして、記憶されるでしょう。

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