オオヨドシマドジョウ

オオヨドシマドジョウ（学名：Cobitis sakahoko）は、コイ目ドジョウ科シマドジョウ属に分類される淡水魚です。日本の大淀川水系にのみ生息する固有種であり、遺伝学的な研究からは異種間の交雑に由来する4倍体性の種である可能性が指摘されています。かつては大淀川水系のシマドジョウはヤマトシマドジョウ（Cobitis matsubarae）と同一視されていましたが、詳細な形態学的および遺伝学的解析の結果、明確に区別されるべき独立した種であることが明らかになり、2015年に新種として記載されました。

形態

本種の成魚は概ね全長8cmから12cm程度に成長します。体にはヤマトシマドジョウに似た特徴的な斑紋が現れます。胸鰭から腹鰭にかけての筋節数は、多くの個体で14を数えます。口ひげは3対あり、そのうち第二口ひげは眼の直径よりも長いという特徴を持ちます。頭部に対する吻（ふん）の長さは、オスで約39.2%、メスで約39.6%と性別によってわずかな差異が見られます。オス個体の胸鰭の付け根には円形の骨質盤があり、これはヤマトシマドジョウのオスと同様の形態です。この骨質盤にある第1分枝軟条の上片は幅広い形状をしており、先端が細く突き出ています。尾鰭の付け根には明瞭な2つの黒点が存在します。上側の黒点は漆黒の楕円形で、眼の直径よりもやや大きいのが特徴です。一方、下側の黒点はやや色が薄い半月状で、上側のものより小さい傾向があります。背鰭と尾鰭には、それぞれ4本から5本の弧を描くような横帯が見られます。

分布と生息環境

オオヨドシマドジョウは、宮崎県と鹿児島県を流れる大淀川水系にのみ分布しており、その中でも特に中流域の流れが緩やかな砂底の環境を好んで生息しています。水底に泥がほとんど堆積しておらず、抽水植物（水面から茎や葉を出す植物）が茂る清流が主な生息地です。

生態

本種の詳細な生活史については、まだ多くのことが分かっていません。しかし、近縁のヤマトシマドジョウの生態から推測すると、産卵は岸の近くにある、伏流水が流れ出るような植生のある川底で行われると考えられています。寿命については、野外環境では2年以上生きることが確認されており、飼育下においては3年以上の生存例が報告されています。

研究史と分類上の位置づけ

大淀川水系のシマドジョウ類に関する研究は、過去に混乱が見られました。1951年にはすでにこの水系から特徴的なシマドジョウ集団が報告されていましたが、その後の図鑑などでシマドジョウ（Cobitis biwae）やヤマトシマドジョウとして扱われるなど、分類上の位置づけが定まっていませんでした。2011年、中島らによって大淀川水系の一支流で採集されたシマドジョウ属魚類が詳細に調査され、形態および遺伝子の両面から、これまでに知られていたどのシマドジョウとも異なることが明らかにされました。この研究成果に基づき、「オオヨドシマドジョウ」という和名が提唱され、2015年に正式に新種として記載され、学名 Cobitis sakahoko が与えられました。これらの研究を経て、大淀川水系に生息するシマドジョウ類の多くは、ヤマトシマドジョウではなくこのオオヨドシマドジョウであるという認識が広まりました。ただし、2019年には同水系内の別の場所からヤマトシマドジョウ種群が確認されるなど、この水系のドジョウ相の解明はさらに進展しています。

オオヨドシマドジョウが生息する大淀川水系は、霧島連山の火山活動など、地質学的な変動が比較的速い地域です。このような環境で独自の進化を遂げた固有の淡水魚が存在することは、生物地理学的に非常に興味深く、今後のさらなる研究が期待されています。

名前の由来

学名の種小名「sakahoko」は、霧島連山の主峰である高千穂峰の山頂に突き立つ伝説の「天の逆鉾（あまのさかほこ）」に由来しています。これは、オオヨドシマドジョウのオスが持つ骨質盤の形状を、この逆鉾に見立てて命名されたものです。また、本種は地域によってはカワドジョウ、カンドジョウ、シマドジョウなど、様々な呼び名で呼ばれることもあります。

保全状況

オオヨドシマドジョウは、その限られた分布域と生息環境の特殊性から、絶滅の危機に瀕しています。環境省のレッドリスト（日本の絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト）においては、「絶滅危惧ⅠB類（EN）」に指定されており、これは近い将来における野生での絶滅の危険性が高い種であることを示しています。この貴重な固有種を守るためには、生息環境の保全に向けた取り組みが重要です。

オオヨドシマドジョウ