オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇

オッペンハイマー：「原爆の父」の栄光と悲劇――波乱万丈な生涯の全貌

本書『オッペンハイマー　「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』（原題: American Prometheus: The Triumph and Tragedy of J. Robert Oppenheimer）は、2005年に出版されたJ・ロバート・オッペンハイマーの評伝です。カイ・バードとマーティン・J・シャーウィン両氏による25年にも及ぶ綿密な取材と調査の成果であり、2006年にはピューリッツァー賞伝記部門を受賞するなど、高い評価を獲得しました。

本書は、天才物理学者オッペンハイマーがマンハッタン計画を率いて世界初の原子爆弾開発に成功するまでの道のりと、マッカーシズムの嵐の中で失脚していく悲劇的な後半生を克明に描いています。単なる科学者の業績にとどまらず、その背後にある人間性、政治的葛藤、そして核兵器という人類史上最大の課題に彼はどのように向き合ったのかを深く掘り下げています。

プロローグからエピローグまで：五部構成による詳細な描写

全5部構成に加え、プロローグとエピローグで構成された本書は、オッペンハイマーの生涯を多角的に捉えています。

プロローグ: オッペンハイマーの葬儀の描写から始まり、彼の生涯を「勝利と悲劇、謎、複雑性、人情、祖国への愛に満ちたもの」として位置づけます。
第I部: 幼少期からケンブリッジ大学、ゲッティンゲン大学での研究生活、そしてカリフォルニア大学バークレー校での活躍まで、オッペンハイマーの才能が開花していく過程が描かれています。早熟な知性、自然への愛、そして物理学への並々ならぬ情熱が、彼の軌跡を彩ります。
第II部: バークレー校教授時代、オッペンハイマーは社会運動にも関与し、共産主義者との交流も持ちます。しかし、その関係は曖昧なものであり、本書では慎重に事実関係を検証することで、彼の政治的立場を客観的に明らかにしています。核分裂研究が進むにつれ、彼は政府の核開発プロジェクトに協力する道を選びます。マンハッタン計画の責任者、レスリー・グローヴス少将は、オッペンハイマーの才能を見抜き、彼をロスアラモスの研究所長に任命します。
第III部: ロスアラモスでのオッペンハイマーは、カリスマ的な指導者としてマンハッタン計画を牽引します。厳重な警備、秘密主義、そして絶え間ない監視の中で、彼は部下たちをまとめ、原子爆弾開発を推進します。トリニティ実験、そして広島、長崎への原爆投下。オッペンハイマーは歴史の転換点に立ち会いますが、その行為への葛藤と、核兵器の倫理的な問題を深く認識している様子も描かれています。
第IV部: 原爆投下後のオッペンハイマーは、「原爆の父」として注目を集め、アメリカ政治にも影響力を持つようになります。しかし、彼は核兵器の国際規制を訴え、水爆開発にも反対するなど、政府との軋轢も深めていきます。FBIによる監視、議会での証言、そしてルイス・ストローズとの確執など、オッペンハイマーを取り巻く政治的圧力が高まります。
第V部: オッペンハイマーは保安聴聞会で、共産主義者との過去や水爆開発への姿勢を問われ、安全保障上の脅威とみなされてしまいます。セキュリティ・クリアランスを剥奪された彼は、科学界から追放されます。しかし、彼は「科学的殉教者」として、あるいはマッカーシズムの犠牲者として、世間の注目を集め続けます。
* エピローグ: オッペンハイマーの死後、彼の家族、特に子供たちのその後の人生が描かれます。

25年の歳月、5万ページの資料：綿密な取材と調査

本書の執筆には、25年の歳月と膨大な量の資料が費やされています。シャーウィン氏は、オッペンハイマーの関係者112人へのインタビュー、5万ページに及ぶ資料の収集、そしてFBI文書の分析など、徹底的な調査を行いました。バード氏との共著によって、読みやすく、説得力のある評伝が完成しました。

高い評価と映画化

本書は出版後、高い評価を受け、数々の賞を受賞しました。また、2023年にはクリストファー・ノーラン監督、キリアン・マーフィー主演による映画『オッペンハイマー』が公開され、大きな話題となりました。映画製作においても本書は重要な役割を果たし、ノーラン監督をはじめ、制作スタッフにも多大な影響を与えています。

結論

本書は、単なる人物評伝にとどまらず、20世紀の歴史、科学技術の発展、そして核兵器という人類の宿題を深く考えさせる、重要な一冊です。オッペンハイマーという複雑な人物像を通して、現代社会が直面する課題を改めて問いかけてくれます。

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