オプス・クラヴィチェンバリスティクム

「オプス・クラヴィチェンバリスティクム（原題：Opus Clavicembalisticum）」は、ペルシャ系のイギリス人作曲家カイホスルー・シャプルジ・ソラブジによって作曲された、ピアノ独奏のための記念碑的な作品です。その日本語訳は「鍵盤楽器作品」となります。

概要

この楽曲は1930年 6月25日に完成しました。演奏には通常4時間近い時間を要し、ピアニストには極めて高度な演奏能力が求められることで知られています。作曲後まもなく、ソラブジ自身の手により初演されました。

かつてはこの作品が「3時間をはるかに超えるピアノ独奏作品」として特に長大であると認識されていましたが、実際にはソラブジ自身による8時間の演奏時間を持つ「交響的変奏曲（484ページの手稿）」や、フレデリック・ジェフスキーの同等の演奏時間を誇る「道」など、これ以上に規模の大きなピアノ曲も存在します。また、1980年代頃までは「これまで書かれた中で最も難しいピアノ曲」の一つとして、その難易度と複雑性が比類なきものと見なされていました。しかし、近年では楽譜や音源の入手が容易になったことから、この難曲に挑戦するピアニストが増加傾向にあります。この作品は、ソラブジの初期創作の集大成とも、あるいはその後の発展期への序章とも評され、これ以降の彼の作品は、極端な長大化と同時に微小な規模へと二極化していく傾向を見せます。

構成

作品は以下の12の部分から構成されています。

1. Introito
2. Preludio Corale
3. Fuga I quatuor vocibus
4. Fantasia
5. Fuga II Duplex (A Due Soggetti)
6. Interludium Primum (Thema Cum XLIV Variationibus)
7. Cadenza I
8. Fuga Tertia Triplex (A Tre Soggetti)
9. Interludium Alterum (Toccata. Adagio. Passacaglia Cum LXXXI Variationibus)
10. Cadenza II
11. Fuga Quadruplex A Quattro Soggetti
12. Coda-Stretta

特に終結部の4ページは、それまでの音楽以上に極めて演奏困難なパッセージが洪水のように押し寄せ、聴き手を圧倒します。この部分は擬似的なクラスター音響で締めくくられます。演奏者は、この難解な箇所の処理に際して、しばしば指定されたテンポを落として対応することが一般的です。ソラブジは音量に頼る演奏を好まなかったにもかかわらず、楽譜には大量のアクセント記号や、最大級のダイナミクスであるfffffといった指示が少なくありません。和声はポスト・スクリャービン的な傾向から脱却しようとする意図が見られ、オクターブで支えられた音の塊がピアノの全音域を縦横無尽に駆け巡ります。また、第二間奏のパッサカリアでは、和声的な語法が発展していく様を深く味わうことができます。

作曲家の書簡

ソラブジは、この巨大な作品の完成に際して、友人への手紙の中で以下のようにその苦労と作品の性質を表現しています。

頭が割れるような痛みに襲われ、まるで熱病にかかったかのように文字通り体中が震えながら、この手紙を書いています。今日の昼過ぎに、「クラヴィチェンバリスティクム」を書き終えました……終結部の4ページは、これまでに私が書いた中で最も激しく、荒れ狂うような音楽です。その和声は硝酸のように肌を刺し、対位法は神の水車のようにじりじりと研磨します……

この手紙は、作品の持つ苛烈さと作曲過程の過酷さを鮮やかに伝えています。

演奏史

「オプス・クラヴィチェンバリスティクム」が公の場で演奏されることは、作曲者自身が定めた通達によって厳しく制限されていました。1930年にソラブジ自身によって初演が行われましたが、次に公開演奏が行われるのは、それから半世紀以上を経た1982年、オーストラリア出身のピアニスト、ジェフリー・ダグラス・マッジによる世界各地でのツアー（パリ、シカゴ、モントリオール、ユトレヒト、ボンでの計5回）を待たねばなりませんでした。

ジョン・オグドンは1950年代後半にソラブジの前で全曲を試演しましたが、作曲者からの正式な許可は得られませんでした。マッジも1960年に非公開で演奏を試みましたが、当時はまだソラブジによる公開演奏の制限が続いていました。最終的にソラブジの意向が変わり、両者による公開演奏が実現しました。現在、マッジとオグドンによる全曲録音が存在します。マッジの演奏に対してソラブジは大いに喜び、その旨の手紙を残していますが、オグドンについては特にコメントを残していません。

マッジのCDが発売された後、ベルリン・ビエンナーレのプロデューサーが感銘を受け、「ぜひベルリンでの初演を」と熱望しました。これに応える形で、ヨハン・ゼバスティアン・バッハを深く敬愛したソラブジの遺志にも寄り添い、マッジは2002年にベルリンでこの作品を演奏しました。この時、マッジはバッハの平均律クラヴィーア曲集全曲も合わせて演奏しています。

2003年にはジョナサン・パウエルがこの作品を携えて演奏ツアーを行い、ジャン＝ジャック・シュミットがBiennale Bern 2003で一部を演奏、中村和枝も六甲のテアトルラモーで抜粋演奏を行いました。近年では、ダーン・ファンデワレによる全曲録音も注目を集めています。

楽譜

初版の楽譜にはエラーが多く、公式の誤植リストが作成されていますが、それ以外にも間違いが存在するという見方があります。自筆譜から改めて清書譜を作成する必要があるのではないか、という意見が有力です。初版はわずか23部のみが印刷され、現在ではそのうちの数部が完全な形で現存し、作曲者自身によるエラー校正の跡を確認できます。この点、楽譜の間違いや矛盾を認めなかったチャールズ・アイヴズとは対照的です。現在流通している出版譜は、この作曲者自身が校正した痕跡のあるコピーを基にしています。

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