平均律クラヴィーア曲集

平均律クラヴィーア曲集

ヨハン・ゼバスティアン・バッハが作曲した鍵盤楽器のための作品集。原題は「Das Wohltemperirte Clavier」（良く調整されたクラヴィーア）であり、全2巻から構成され、各巻には全ての長調と短調による24の前奏曲とフーガが収められています。第1巻 (BWV 846〜869) は1722年に、第2巻 (BWV 870〜893) は1742年に完成しました。

概要

バッハは第1巻の自筆譜に、「指導を求める音楽愛好家と、すでに研鑽を積んだ人々の特別な楽しみのために」と記しました。これは単なる練習曲集ではなく、音楽的な探求と楽しみのための作品であることを示唆しています。鍵盤楽器で全ての調を演奏可能にする音律（現代では平均律とは限りません）を用いて作曲されており、バッハの音楽理論と作曲技術の粋が凝縮されています。

近年では、原題の「wohltemperierte」をより正確に解釈し、「適正律」と訳す研究者もいます。これは、バッハが意図した音律が必ずしも現代の平均律ではなかった可能性を示唆するものです。渦巻き模様の装飾を通じて音律と調律法に対する指示を出していたという説もあります。

バッハ以前にも、多くの調を駆使した作曲を試みた作曲家はいましたが、「平均律クラヴィーア曲集」は、その完成度と音楽的な深さにおいて、他を圧倒しています。ショパンやショスタコーヴィチなど、後世の作曲家にも大きな影響を与え、ピアノ音楽の重要なレパートリーとして、現代でも広く演奏され、研究されています。ハンス・フォン・ビューローは、この曲集を「ピアノの旧約聖書」と称賛しました。

各曲について

第1巻（BWV 846〜869）

第1巻は、24の長短調による前奏曲とフーガで構成されています。これらの楽曲は、バッハが以前に作曲した作品や、息子の教育のために書かれた小品を基にしているものも含まれています。

特に、3重フーガ（嬰ハ短調 BWV849）や拡大・縮小フーガ（嬰ニ短調 BWV853）は、高度な対位法技術を駆使した傑作として知られています。また、第1巻ハ長調の前奏曲は、グノーの「アヴェ・マリア」の伴奏として使用され、広く親しまれています。

第2巻（BWV 870〜893）

第2巻も同様に、24の長短調による前奏曲とフーガで構成されています。第1巻と比較して、より音楽的な要素が強く、前奏曲にはソナタ形式に近いものも見られます。フーガもより複雑で、対位法の冴えが際立っています。特に、反行フーガ（変ロ短調 BWV891）は、「フーガの技法」に匹敵するほどの完成度を誇ります。

グレン・グールドによる第2巻ハ長調（BWV870）の演奏は、ボイジャーのゴールデンレコードに収録されており、人類の代表的な文化遺産として宇宙に送られました。

楽譜

「平均律クラヴィーア曲集」は、多くの校訂版が出版されています。代表的なものとしては、クロール版、トーヴィ版、ヘンレ版、ウィーン原典版、ベーレンライター原典版などがあります。近年では、運指が詳細に記された版も登場し、学習者の助けとなっています。

関連項目

調
平均律
ウェル・テンペラメント
アヴェ・マリア (グノー)

「平均律クラヴィーア曲集」は、バッハの音楽の中でも特に重要な作品の一つであり、鍵盤音楽の発展に多大な貢献をしました。その普遍的な価値は、今日においても色褪せることはありません。

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