オリエンタリズム (サイード)

オリエンタリズム：西洋の東洋観の深層分析

エドワード・サイードの1978年発表の著作『オリエンタリズム』は、西洋における東洋趣味を単なる美的嗜好ではなく、西洋中心主義に基づく思考様式として捉え直し、ポストコロニアル理論の礎を築いた記念碑的な著作です。本書は、東洋（オリエント）に対する西洋の偏見、誤解、支配構造を、歴史的・文化的・文学的視点から多角的に分析することで、異文化理解における根本的な問題点を浮き彫りにしています。

オリエンタリズムの多層的な意味

サイードは「オリエンタリズム」を単なる東洋趣味としてではなく、以下の3つの相互に関連した意味を持つ概念として定義しています。

1. 学問的側面:東洋に関する西洋の学問研究。
2. 東洋と西洋の二項対立:東洋と西洋を対照的に捉えることで、西洋の優越性を強調する枠組み。
3. 支配と再構成:西洋による東洋の支配、再構成、抑圧のためのイデオロギーや方法論。

サイードは、ミシェル・フーコーの「言説(ディスクール)」概念を援用することで、学問的言説が帝国主義的制度とどのように結びついているのかを、ナポレオンのエジプト遠征から現代アメリカの制度までを例に詳細に分析しています。

戦略的位置と編成

サイードは、東洋に関する西洋の著作を分析する上で、「戦略的位置選定」と「戦略的編成」という独自の概念を導入しています。

戦略的位置選定: 著作において著述家が自らどのような立場を占めているのかを明らかにする手法。東洋を外部から客観的に記述することで、西洋の優位性を暗黙のうちに強調する構造を解明します。
戦略的編成: テキストが文化の中でどのように影響力を持つようになり、テクスト自体とどのように関連しているのかを分析する手法。西洋の東洋観における後進性や、西洋列強のオリエンタリズムに基づく知識が東洋支配にどのように貢献したかを明らかにします。

各章の概要

『オリエンタリズム』は、以下の4つの章から構成されています。

第1章「オリエンタリズムの領域」: 歴史的・経験的・哲学的な観点からオリエンタリズムの範囲を定義。ナポレオンのエジプト遠征や、イスラム世界に対する西洋の誤解の歴史を辿り、オリエンタリズムにおける偏見の源泉を探ります。
第2章「オリエンタリズムの構成と再構成」: 作家、芸術家、学者たちの著作を通して、オリエンタリズムの発展過程を分析。シルヴェストル・ド・サシ、エルネスト・ルナン、フローベールなど、多様な人物の著作を検討し、オリエンタリズムの多様な様相を明らかにします。
第3章「今日のオリエンタリズム」: 19世紀後半からの植民地主義とオリエンタリズムの関連性を分析。ゴビノー、キュヴィエ、キプリング、ロレンス、バーナード・ルイスなどの思想や著作を例に、オリエンタリズムがどのように植民地支配を正当化し、現在まで影響を及ぼしているかを論じます。
第4章「オリエンタリズム再考」: 初版出版後の反響を受けて、サイード自身による新たな考察が加えられています。

本書の影響

『オリエンタリズム』は、発表以来世界各国で翻訳され、ポストコロニアル研究、異文化理解研究に多大な影響を与えました。サイードは、本書で提示された議論を基に、『文化と帝国主義』などの著作を発表し、学術界に大きな足跡を残しました。日本語訳も複数出版されており、日本の研究者にも大きな影響を与えました。

結び

『オリエンタリズム』は、西洋中心主義的な東洋観を批判的に解明することで、異文化理解のあり方、そして植民地主義の歴史と現代社会とのつながりを深く考えさせる、重要な著作です。本書は、単なる学術書にとどまらず、現代社会における文化的な偏見や不平等を理解するための重要な知見を提供しています。

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