オリンピア・プレス

パリを拠点とした出版社、オリンピア・プレスは、20世紀半ばの文学界において、その大胆な出版活動で大きな足跡を残しました。性愛文学やアバンギャルド文学といった、当時の主流から外れた分野に焦点を当てたことで知られています。中でも、ウラジーミル・ナボコフの代表作『ロリータ』を世界で初めて刊行したことは、この出版社の名を最も広く知らしめる出来事となりました。

オリンピア・プレスの歴史は、創設者モーリス・ジロディアスの父親ジャック・カハネが設立したオベリスク・プレスに深く関わっています。1953年、ジロディアスは父親から事業を引き継ぐ形でオリンピア・プレスを立ち上げました。新しい社名「オリンピア・プレス」は、父親の出版社の名前「オベリスク・プレス」と響きが似ていることに加え、エドゥアール・マネの有名な絵画「オランピア」への敬意を込めて名付けられたと言われています。これは、同社が性愛を含めた人間の内面に迫る作品を扱う姿勢を象徴しているとも解釈できます。

この出版社にとって最も記念碑的な出来事は、1955年のウラジーミル・ナボコフによる小説『ロリータ』の出版でした。少女への禁断の愛を描いたこの作品は、そのセンセーショナルな内容ゆえに、アメリカ国内の5つの出版社から刊行を拒否されたと伝えられています。当時、表現の自由に関して比較的寛容だったパリでの出版は、ナボコフにとって事実上、作品を世に出すための唯一残された道でした。オリンピア・プレスがこの作品を世に送り出したことは、文学史における重要な一歩となりましたが、同時に出版社自身にも大きな注目と論争をもたらすことになります。

しかし、オリンピア・プレスの活動は常に順風満帆だったわけではありません。フランス国内では、その大胆な出版内容が問題視されることが多く、特に1960年代に入り、シャルル・ド・ゴール政権下で風紀取り締まりが強化される中で弾圧の対象となりました。これにより、1965年にはフランスでの活動継続が極めて困難となり、モーリス・ジロディアスは活動拠点をニューヨークに移転させました。しかし、アメリカでも経営は安定せず、1973年にはオリンピアUSAが経営破綻に至ります。ジロディアスはその後も、フリーウェイ・プレスを立ち上げるなどして出版活動を続けようと試みましたが、わずか1年後の1974年にはこちらも活動を断念せざるを得なくなりました。こうして、約20年にわたるオリンピア・プレスの主要な活動期間は幕を閉じました。

オリンピア・プレスの出版物は、内容だけでなく、独特の装丁でも知られていました。ドイツのアルバトロス叢書を範とした、タイポグラフィを重視したデザインが特徴的でした。中でも、緑色のカバーが印象的な「トラベラーズ・コンパニオン（Traveller's Companion）」シリーズは、この出版社の代表的なラインナップとして有名です。また、「オフィーリア・プレス（Ophelia Press）」という別のインプリントでも活動を行いました。こちらはピンク色のカバーが特徴で、青木日出夫氏によれば、オフィーリア・プレスはモーリス・ジロディアスが作家に無断で、ある種海賊版に近い形で運営していたのではないかとも言われています。

オリンピア・プレスは、時代においてタブー視されがちだったテーマや実験的な表現を含む文学作品を、果敢に世に送り出す役割を果たしました。短命に終わったものの、その出版リストは20世紀文学史において無視できない存在感を放っており、特に『ロリータ』をはじめとする多くの作品が、その後の文学や文化に大きな影響を与えました。

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