オーディン古細菌

オーディン古細菌 (Odinarchaeota)

概要

オーディン古細菌（Odinarchaeota）は、2017年に分子系統解析に基づいて存在が提唱された、古細菌に分類される微生物の候補となる門の一つです。正式な門としての分類はまだ確立されていませんが、その遺伝情報や特徴から、古細菌の中でも特に注目されるグループとして認識されています。この名称は、先行して発見されたロキ古細菌（Lokiarchaeota）と同様に、北欧神話の神々の名にちなんで名付けられました。最高神オーディンの名が冠されたことは、このグループが系統学的に重要な位置にあることを示唆しています。

アスガルド古細菌スーパーグループ内での位置づけ

オーディン古細菌は、「アスガルド古細菌（Asgardarchaeota）」と呼ばれる大きなスーパーグループに属しています。アスガルド古細菌は、近年の分子生物学的な研究によって明らかになった古細菌のグループで、特に真核生物の起源に最も近い古細菌であるという説を強く支持する証拠を提供しています。アスガルド古細菌のゲノムからは、これまで真核生物に特有と考えられていた多くの遺伝子が見つかっており、真核細胞が古細菌のある系統から進化してきたという「古細菌起源説」を補強しています。オーディン古細菌もこのアスガルド古細菌の一員として、真核生物との進化的なつながりを探る上で重要な対象となっています。

特徴的な研究成果：ESCRTシステム

オーディン古細菌に関する特筆すべき研究の一つに、その持つ細胞内機能に関わるタンパク質システムに関する報告があります。特に、細胞膜の隔壁形成、細胞分裂、ウイルス出芽、そしてエンドソームの成熟など、細胞内の膜輸送や構造変化に関わるESCRT（Endosomal Sorting Complexes Required for Transport）と呼ばれる複雑なタンパク質複合体のシステムについて、オーディン古細菌の一種であるOdinarchaeceae Tengchong株（またはそれに類するグループ）で詳細な解析が行われています。

この研究によると、当該オーディン古細菌は、ESCRTシステムを構成する主要な酵素群をほぼ全て揃えていることが明らかになりました。原核生物ではESCRTシステムの一部または断片的な構成要素しか持たないことが多い中で、これは比較的珍しい特徴です。さらに重要な点として、ESCRTシステムの一部分を担うVps28というタンパク質に注目が集まりました。このオーディン古細菌のVps28は、これまで真核生物のVps28にのみ見られると考えられていた特有のC末端ドメイン（タンパク質の構造におけるカルボキシル末端側の領域）を保有していることが報告されました。

真核生物特有のVps28構造を持ち、かつESCRTシステムを構成する酵素群をほぼ全て揃えている原核生物は、現在のところこのオーディン古細菌が唯一報告されている例です。この発見は、真核生物が持つ複雑な細胞機能、特に膜ダイナミクスに関わるESCRTシステムが、真核生物が誕生する以前の古細菌の段階で既に進化の過程にあった可能性を強く示唆しています。

今後の展望

オーディン古細菌はまだ比較的若い概念であり、その多様性、生態、そして詳細な機能についてはさらなる研究が必要です。しかし、アスガルド古細菌スーパーグループの一員として、また真核生物の起源に迫る手がかりを持つ微生物として、今後の研究によって真核生物の複雑な細胞構造や機能がどのように進化してきたのかを理解する上で、重要な知見をもたらすことが期待されています。特に、ESCRTシステムやその他の真核生物様遺伝子に関する詳細な研究が進むことで、生命の樹における古細菌、特にアスガルド古細菌と真核生物との関係性がより明確になるでしょう。

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