カイマンくん

カイマンくん（1981年頃 - 2024年 11月8日）は、日本の広島県呉市で飼育されていた一頭のオスのメガネカイマンです。その類稀な存在と温厚な性格から「名物ペット」として広く知られ、テレビ番組など様々なメディアに登場し、多くの人々に親しまれました。約43年という、ワニとしては非常に長い生涯を全うしたカイマンくんの歩みは、多くのエピソードに彩られています。

その生涯

飼い主との巡り合わせ

カイマンくんの物語は、1981年に始まります。動物をこよなく愛し、幼少期からヤギやリクガメ、果てはカブトガニまで様々な生き物と暮らしてきたという飼い主の男性は、呉市内で喫茶店を経営していました。ある日、行きつけのペットショップで水槽に入れられた幼いメガネカイマンを見かけます。当時、小学生だった長女と一緒にワニを眺めていると、店主から購入を勧められました。長い間売れ残っていたそのワニを、飼い主は自身の喫茶店に迎え入れることで、話題作りや集客に繋がるだろうと考え、店主から提示された自由な価格設定の中から5万円で購入することを決めました。

喫茶店が生んだ名物

購入当時、カイマンくんは体長わずか約30cmでした。当初、飼い主はこの幼いワニがすぐに命を落とすかもしれないと考えていました。水槽に金魚を入れて与えてもほとんど動きを見せなかったため、喫茶店の来店客から生きているのかと心配されるほどでした。しかし、友人のアドバイスを受け、水槽に温水を導入し、日向ぼっこをさせるようにしたところ、ワニは次第に元気を取り戻し、餌も口にするようになりました。その後、カイマンくんは順調に成長を続け、最終的には全長2メートルを超える立派な姿になりました。ワニが店内にいるという珍しさから、喫茶店はすぐに評判を呼び、「ワニのいる喫茶店」として話題になりました。

メディアの寵児へ

さらに、飼い主が特製のリードを使ってカイマンくんを呉駅周辺に連れて散歩する姿が注目を集め、地元メディアや雑誌でも取り上げられるようになりました。購入からわずか1年後には、東京のキー局からテレビ出演の依頼が舞い込みます。大型のワニを東京まで運ぶという課題に直面した飼い主でしたが、購入したペットショップの店主の助言を得て、水を浸したスポンジと共に木箱に釘で打ち付け、「大トカゲ」と申告して貨物として送り出すという奇策を実行しました。家族は別途上京し、テレビ番組に出演。この番組で、長女が「ワニと暮らす少女」としてフィーチャーされ、それまで名前がなかったワニに対し、司会者が「カイマンくん」と命名しました。これが彼の名前の由来となります。以来、カイマンくんと飼い主親子は、1990年代を中心にテレビ番組で頻繁に取り上げられるようになりました。

地域に愛された存在

カイマンくんは非常に穏やかな性格で、人間に対して危害を加えることはありませんでした。飼い主がリードを付けて散歩に出ると、その珍しさからすぐに人だかりができ、地域の人気者となりました。その存在感から、飼い主自身も近所の人々から親しみを込めて「ワニさん」や「ワニおじさん」と呼ばれるほどになりました。飼い主が後に設立した家屋解体や人材派遣などを手掛ける有限会社も、カイマンくんにちなんで「和仁総業」と名付けられ、カイマンくんは会社の「専務」というユニークな役職に就任しました。

晩年の活躍と法規制

飼い主の子どもたちが成長して家庭を持った後も、カイマンくんは変わらず飼い主のもとで暮らしました。お笑い芸人のヒロシ氏やプロ野球選手の菊池涼介氏といった著名人との共演も経験しました。保育園に招かれた際には、園児たちが背中に乗る貴重な体験を提供したり、テレビ番組のロケ撮影に出演したりと、テレビやイベントへの出演は晩年まで続き、そのユニークな活動は、インターネットなどを通じて海外にも知られるようになりました。2019年の動物愛護管理法改正によりワニが特定動物に指定され、一般のペットとしての飼育が原則禁止されましたが、飼い主が呉市に対し、長年の飼育実績や徹底した安全対策について丁寧に説明を行った結果、特例として飼育の継続が認められました。2021年頃には、同じメガネカイマンである「レッドくん」が家族に加わり、2頭でテレビ番組やイベントに出演し、アナウンサーに寄り添って寝る姿を見せたり、イベントでは子供たちを優しく背中に乗せたりしました。

別れ

長きにわたり多くの人々に愛されたカイマンくんにも、別れの時が訪れました。亡くなる約1ヶ月前から嘔吐を繰り返すようになり、10月末頃には好物だった鶏肉やコイを食べなくなるなど、体調の悪化が見られ、体重も約10キロ減少しました。かかりつけの動物病院で点滴などの治療を受けましたが、回復することなく、2024年 11月8日の未明に物音がしたのが最後の気配となり、朝には息を引き取っていました。死因は老衰と診断されました。

カイマンくんの訃報は、広島県内だけでなく、全国紙でも報じられるなど、広く伝えられました。その後、東広島市内のペット霊園で葬儀が執り行われました。飼い主は遺体を学術研究に役立てることも希望していましたが、最終的には火葬されることになりました。骨壺に納められた遺骨は、飼い主のもとへ戻り、仏壇に安置されました。飼い主は、自身の人生の半分以上の時間を共に過ごしたカイマンくんとの別れを惜しみました。過去にテレビ番組の企画でカイマンくんと共同生活を送ったお笑い芸人、パンサーの尾形貴弘氏も、その死を悼むコメントを寄せています。

飼育とその素顔

温暖な南米原産のメガネカイマンであるカイマンくんのため、飼育水槽の水温はヒーターで約25度に保たれていましたが、ヒーターに体が触れて低温やけどを負った経験もありました。寒い冬の間は、暖房の効いた部屋にある炬燵に入り込むのがお気に入りでした。特に畳の部屋で過ごすことが多く、その鋭い爪で畳を引っ掻くため、部屋の畳は傷だらけになっていました。時には飼い主と一緒に布団で眠ることもあり、飼い主が寝ている布団の中に潜り込んできて、その冷たい体温に飼い主が驚いて起きることもありました。

餌としては、飼い主が飼育していたコイや、牛肉、鶏肉などが与えられ、中でも鶏肉を特に好んでいました。餌を食べる頻度は少なく、活発になる夏場は週に一度程度、活動が鈍る冬場は月に1、2度といった間隔でした。

その性格は非常に温厚で、たとえ飼い主が叱って頭を軽く叩いたとしても、反抗したり攻撃したりすることはありませんでした。2018年の時点で、人に危害を加えたことは一度もなかったとされています。家の中では、餌を探して歩き回ることもありましたが、飼い主の奥さんに「あっちへ行きなさい」と叱られると、素直にその場を離れる可愛らしい一面もありました。ただし、一度だけ、夏の暑い日に窓を閉め切った車内に残された際、耐えがたい高温から逃れるためか、尻尾を使って窓ガラスを割り、車外に脱出したという出来事もありました。

飼い主が名前を呼ぶと反応して近づいてくるなど、賢さも見せましたが、時には機嫌が悪いのか、低い唸り声を上げて無視することもありました。空腹を感じると唸り声で伝えたり、散歩に出かけたい時には窓際に寄り添って外を眺めることで意思表示をしたりと、様々な方法でコミュニケーションをとっていました。また、畳の部屋を掃除し始めると、それを察知して部屋から出ていくなど、状況を理解する様子も見られました。頭を撫でられると、「グゥ」というような可愛らしい鳴き声を出すこともありました。

安全対策には万全が期されており、飼育環境については、新幹線の窓ガラスにも使用されるような強化ガラス製の水槽や、鍵付きの頑丈な檻が用意されていました。万が一の逃亡に備え、体内にマイクロチップも埋め込まれていました。散歩に出かける際には、特製のリードを装着し、安全のため屋外では口輪を付けることもありました。これらの徹底した安全管理体制が、2019年の特定動物に関する法改正後も、呉市から飼育継続の許可を得る上で重要な要素となりました。

40年以上にわたり、一頭のワニが地域社会に溶け込み、多くの人々に笑顔と驚き、そして愛情を与え続けたカイマンくん。そのユニークな存在は、ペットと人間の共生、そして命の大切さを改めて考えさせるものでした。

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