カジミール・フェリクス・バデーニ

カジミール・フェリクス・フォン・バデーニ伯爵：民族問題と政治的混乱の渦中

カジミール・フェリクス・フォン・バデーニ伯爵（1846-1909）は、オーストリア＝ハンガリー帝国の首相として、多民族国家を揺るがす民族問題に直面した政治家でした。ポーランド貴族の出身である彼は、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の信頼を得て要職に就き、その行政手腕を買われて1895年、首相に任命されました。

バデーニ伯爵の首相就任時、オーストリアにおいて長年の懸案であった普通選挙導入問題が大きな課題でした。従来の選挙制度では民族・階層による格差が顕著で、政治的公平性に欠けていました。バデーニ伯爵は、議席の一部に普通選挙によるクーリエを新設することで、この問題の解決に挑みました。しかし、この改革は民族間の不均衡を解消するまでには至らず、かえって一票の格差を拡大する結果をもたらしました。

1897年に行われた帝国議会選挙では、チェコ人の民族政党である青年チェコ党が第一党となりました。バデーニ伯爵は、彼らとの協調を図るため、長年のチェコ人の要求に応える新たな言語令を発布しました。この「バデーニ言語令」は、ベーメン（現在のチェコ）において、官庁内部の連絡に使用される言語としてチェコ語を認めるものでした。これは、ドイツ語とチェコ語の対等化を目指した画期的な試みでした。また、同時期にロシアとの協商を締結し、外交面でも成果を挙げました。

しかし、この言語令はドイツ系住民からの激しい反発を招きました。公職就任の機会を奪われることとなったドイツ系住民と、彼らに支持されたドイツ系議員は、議会における議事妨害や大衆デモなどを通して、バデーニ伯爵の政策に反対しました。バデーニ伯爵は議会規則の改正や警官隊の導入など、事態の収拾を試みましたが、議会は混乱が収まらず、1897年11月、ついに首相を解任されました。バデーニ伯爵の解任は、1848年のウィーン三月革命以来の大事件とされ、皇帝が民族間の宥和政策を放棄した転換点と捉えられています。

バデーニ伯爵の解任後、オーストリアの政治は不安定な状態が続きました。短命な内閣が相次ぎ、政治的混乱は深刻化しました。バデーニ伯爵自身は、1909年にガリツィア地方で亡くなりました。彼の弟、スタニスワフ・バデーニはガリツィア領邦議会の議長を務めるなど、一族はオーストリア政治に影響力を持ち続けました。バデーニ伯爵の言語令は、民族問題への積極的な取り組みが、かえって政治的混乱を招いた一例として、歴史に刻まれました。彼の生涯と政治活動は、多民族国家における民族問題の難しさと、その解決策の複雑さを改めて示しています。彼の試みは成功には至らなかったものの、多様な民族が共存する社会の実現に向けた努力の一端を示す貴重な事例として、現代においても研究され続けています。

参考文献

A・J・P・テイラー 『ハプスブルク帝国 1809〜1918 - オーストリア帝国とオーストリア＝ハンガリーの歴史』
大津留厚 『ハプスブルクの実験 - 多文化共存を目指して』
大津留厚 『ハプスブルク帝国』
南塚信吾（編） 『ドナウ・ヨーロッパ史』

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