カドヘリン

カドヘリン

細胞の表面に存在する重要な分子群であり、主にタンパク質に糖鎖が付加した糖タンパク質として機能します。その最も中心的な役割は、細胞と細胞が互いにしっかりと結びつき、組織を形成・維持するための「細胞接着」を担うことです。特に動物が卵から個体へと形作られていく「胚発生」の過程では、細胞が適切な位置に移動・配置されるためにカドヘリンの働きが極めて重要となります。

構造と接着のメカニズム

典型的なカドヘリン、いわゆるクラシックカドヘリンは、細胞膜を貫通する構造を持ちます。細胞の外側に出ている部分には、細胞同士が互いを認識して結合するための特徴的な繰り返し構造（ECドメイン）が五つ並んでいます。この細胞外ドメインが、隣り合う細胞のカドヘリンと結合することで、細胞間接着が成り立ちます。細胞膜を貫通した後、細胞の内側に入り込んだ部分には、カテニンと呼ばれる別のタンパク質が結合します。カテニンはさらに細胞の骨組みである細胞骨格、特にアクチン繊維と連結しており、これによりカドヘリンを介した細胞接着は細胞全体の構造と連動し、強固な組織形成を可能にしています。細胞接着の中でも、特にアドヘレンス・ジャンクションという構造の構築と維持において、クラシックカドヘリンは中心的な役割を果たします。

カルシウム依存性

カドヘリンがその接着機能を発揮するためには、カルシウムイオンが必須です。カルシウムイオンが存在することで、カドヘリンの細胞外ドメインは接着に適した安定な立体構造をとることができます。また、カルシウムイオンはカドヘリンを分解しようとする酵素（プロテアーゼ）から保護する役割も担っており、機能的なカドヘリンが細胞表面に安定して存在するために欠かせない要素となっています。名称の「カドヘリン」も、この「カルシウム（calcium）」への依存性と「接着する（adhere）」という機能に由来し、その発見者であるAron Moscona博士や竹市雅俊博士らによって名付けられました。

多様な分子群：カドヘリンスーパーファミリー

カドヘリンは単一の分子ではなく、関連する多数の分子からなる大家族です。特徴的なECドメインを持つ分子は、脊椎動物のゲノムだけでも120種類以上が見つかっており、これらはまとめて「カドヘリンスーパーファミリー」と呼ばれています。このスーパーファミリーには、最も研究が進んでいるクラシックカドヘリン（例：E-カドヘリン、N-カドヘリン、P-カドヘリンなど。E-カドヘリンはかつてL-CAMやウボモルリンとも呼ばれました）のほか、プロトカドヘリン、Flamingo、Fat、デスモソーマルカドヘリンなど、多様な構造と機能を持つ分子が含まれています。

細胞接着以外の機能

カドヘリンの主要な機能は細胞接着ですが、その役割はこれにとどまりません。組織や器官が特定の形をとる「形態形成」はもちろんのこと、細胞の移動や分化、さらには病気との関連も指摘されています。例えば、がん細胞が周囲の組織に拡がったり（浸潤）、他の臓器に移動して新たな腫瘍を作る（転移）現象において、カドヘリンの発現量の変化が深く関わっていることが知られています。また、神経系においても重要な役割を果たしており、神経細胞同士が情報をやり取りする接点である「シナプス」が形成される過程や、シナプスの機能が変化する「シナプス可塑性」にも関与していることが明らかになっています。

このように、カドヘリンは細胞の結びつきを担う根源的な機能に加え、動物の発生から様々な生命現象、さらには病気まで、幅広い側面に関わる多機能な分子群です。その多様な働きとメカニズムの解明は、生命科学における重要な研究課題の一つとなっています。

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