カプロニ Ca.60

カプロニ Ca.60 トランスアエロ

航空技術がまだ黎明期にあった20世紀初頭、イタリアの航空機メーカー、カプロニ社は極めて野心的な計画を打ち立てました。それは、100名もの乗客を乗せて広大な大西洋を横断するという壮大な夢を実現するための巨大飛行艇の開発です。この計画から生まれたのが、「カプロニ Ca.60 トランスアエロ」と呼ばれる試作機でした。

特異な構造と設計思想

Ca.60は、その見た目からして極めて異彩を放っていました。最も目を引くのは、機体の前後に三段重ねに配置された主翼が合計三組、つまり9枚の翼を持つマルチプレーン構造です。このような構成を持つ機体は航空史において唯一無二でした。動力として、当時としては強力な400馬力のリバティL-12エンジンを合計8基搭載。これほど多数のエンジンを備える機体も珍しい存在でした。また、水上での離着水を想定した飛行艇として、安定性を確保するため、胴体の両脇には大きな補助フロートが取り付けられていました。全長は約23.5メートル、全幅は約30メートルにも達し、現代の感覚からしても相当な大きさの機体でした。

カプロニ社は、第一次世界大戦中にCa.36などの大型多発爆撃機を成功させた経験を持っており、その知見がCa.60の設計にも活かされていました。しかし、爆撃機と旅客機、そして大西洋横断という目標は全く次元が異なり、その設計には当時の技術の限界を超えるような挑戦が求められました。100人という乗客数は、現代のナローボディ機にも匹敵する規模であり、それを1920年代初頭の技術で実現しようとしたこと自体が驚嘆に値します。

試練と終焉

1921年3月4日、イタリア北部のマッジョーレ湖にて、Ca.60の最初の試験飛行が行われました。このテストには、100名の乗客に相当する約60人分の重量が積載されました。機体は湖面を滑走し、離水に成功したものの、ごく短い時間しか飛行を維持できませんでした。わずか高度約18メートルに達したところで不安定になり、制御を失って湖面に墜落。機体は激しい衝撃を受け、急速に浸水して数分で湖の底に沈んでしまいました。幸いにも、搭乗していたパイロットは無事に脱出することができ、死傷者は出ませんでした。

カプロニ社は墜落した機体を引き揚げ、修理して試験飛行を再開する計画を立てていました。しかし、その修理が開始される前に、保管場所で火災が発生。この火災により、唯一製造された試作機であるCa.60は完全に焼失してしまったのです。こうして、大西洋横断という壮大な夢を乗せた巨大飛行艇の物語は、あっけなく幕を閉じました。

スペック

乗員：8名
乗客：100名
全長：23.45 m
全幅：30.0 m
全高：9.15 m
翼面積：9,000 m²
空虚重量：26,000 kg
動力：リバティ L-12 エンジン × 8基 (各出力 400 Hp)
最大速度：130 km/h
航続距離：660 km

航空史における位置づけ

カプロニ Ca.60 トランスアエロは、その特異な構造と壮大な計画の失敗によって、航空史における「幻」の存在となりました。しかし、航空技術が急速に進歩していた時代において、未知への挑戦を厭わなかった技術者たちの情熱と、その時代だからこそ生まれ得た大胆な発想を示す、記憶されるべき機体の一つと言えるでしょう。後の大型飛行艇（例：ドルニエ Do X、H-4）や、宮崎駿の漫画『風立ちぬ』に登場する飛行艇にも影響を与えたとも言われています。

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