カラスのいる麦畑

『カラスのいる麦畑』について

フィンセント・ファン・ゴッホが1890年7月に描いた『カラスのいる麦畑』は、彼の最晩年の作品の一つです。この作品は、「カラスの群れ飛ぶ麦畑」や「黒い鳥のいる麦畑」とも訳され、ファン・ゴッホ美術館に所蔵されています。

絶筆という俗説

『カラスのいる麦畑』は、しばしばゴッホの絶筆として語られてきました。しかし、実際には1890年7月上旬に描かれたと推定されており、ゴッホが弟テオに宛てた手紙にも、この作品に関する記述が見られます。また、同時期には『1890年7月14日、オーヴェル町役場』や『ドービニーの庭』、『木の根と幹』など、他にも複数の作品が描かれており、本作が最後の作品である可能性は低いと考えられます。

ファン・ゴッホの遺族が公式に認めたタイトルは『黒い鳥のいる麦畑』であり、画面に描かれた「黒い鳥」がカラスであるという明確な証拠はありません。また、鳥たちの実際の体色が黒であったかどうかも不明です。

絶筆説は、1908年にドイツのファン・ゴッホ展カタログで「雷雨」というタイトルで紹介された際に、「巨匠最後の作品」と付記されたことから広まりました。その後、1914年の展覧会カタログでは「鴉（からす）の群れ飛ぶ麦畑」と題され、同様に「画家の最後の作品」と説明されたことで、根拠のないまま「黒い鳥＝カラス」という解釈と、絶筆説が広まったと考えられます。

1956年の映画『炎の人ゴッホ』では、ゴッホが麦畑で本作を描き上げた後、その場で自殺するというシーンが描かれました。この映画の大ヒットにより、「ゴッホが死の寸前に描いた作品」というイメージがさらに浸透しました。しかし、ゴッホが自殺の間際まで絵を描いていたという確証はなく、自殺を図った場所が麦畑であったという確証もありません。

作品の解釈

「麦刈り」は聖書において、しばしば人の死の象徴として語られます。ゴッホ自身も、死のイメージとして麦畑を好んで描いていました。もし、画中の黒い鳥がカラスであるとすれば、それは「不吉な死」を表していると解釈することもできます。非業の死を遂げた芸術家というイメージと、この作品の主題が結びつき、様々な伝説が生まれたと考えられます。後に出版されたゴッホの伝記では、画家の生涯が殉教の聖人伝に当てはめて語られることもあります。

現代においても、この絵は展覧会や画集の最後に置かれることがあります。その際、「厳密には絶筆ではない」と断りながらも、「画家の制作活動を締めくくるものとして相応しい」などと評されることがあります。一方で、固定化された解釈からの解放を目指す動きも見られます。1990年に制作されたテレビドラマ『ファン・ゴッホ』や映画『ゴッホ』では、ゴッホがカラスのいる麦畑で死ぬという描写はありません。

同時期の作品

『カラスのいる麦畑』は、ゴッホの死の直前に描かれた作品の一つですが、実際には同時期に25点ほどの作品が描かれています。これらの作品の中には、同じように麦畑を描いたものや、比較的明るい色使いのものも見られます。また、本作と同様の筆跡で、群れ飛ぶ鳥の姿が描かれた作品も存在します。

ゴッホが最晩年に描いた作品群は、彼の精神状態や、死に対する意識を反映していると解釈されています。『カラスのいる麦畑』は、その中でも特に有名な作品であり、様々な解釈や伝説を生み出し、現在も多くの人々に愛されています。

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