カルシャリ

カルシャリ：ルーマニアの伝統舞踊と妖精の物語

カルシャリ（Călușari）は、ルーマニア、特に南部オルテニア地方で古くから伝わる男性集団による伝統舞踊です。2008年にはユネスコ無形文化遺産に登録されており、ルーマニアの文化を象徴する重要な要素となっています。

踊りと儀式：春の訪れを祝う神秘的なパフォーマンス

カルシャリは単なる踊りではなく、複雑な儀式と密接に結びついたものです。復活祭からペンテコステまでの期間、数人のバイオリン奏者とともに、村々を巡業しながら踊りを披露します。踊り手たちは「カルシュの儀式」と呼ばれる宗教的な側面も持ち、独特の衣装を身につけ、こん棒や剣、旗、木製馬の頭などを用いて、力強く、そして優雅に舞います。

踊りは、基本ステップから複雑なステップへと移り変わり、構成要素を組み合わせた「最初-途中-最後」という構造を持つことが多いです。踊り手たちは互いを兄弟と呼び、9日間は純潔を誓います。踊りの終盤には、旗を地面に立て、メンバーの一人がその上に登って「戦争、愛する人々よ、戦争」と叫ぶという独特の儀式が行われます。

妖精との深いつながり：癒しと豊穣の象徴

歴史学者ミルチャ・エリアーデは、カルシャリが妖精ズーネの踊りや、馬を鞭打つ様子を表している、と記しています。妖精の女王「ドアムナ・ズィネロル」は、ヘロデヤやアラディア、さらには神話上のディアーナとも関連付けられており、カルシャリの儀式は妖精によって犠牲となった人々の癒やしをもたらすと信じられていました。カルシャリの起源は定かではありませんが、古代インド・ヨーロッパの馬への信仰や、キリスト教以前の出生儀式や春の儀式に由来するという説があります。

語源と起源：馬、そして秘密結社

「カルシャリ」という言葉の語源は、ラテン語の「馬」を意味する"caballus"に由来するという説や、「踊りのグループ」と「秘密組織」を意味するラテン語の"collusium"に由来するという説など、複数の説があります。また、「おしゃべり防止のため口にくわえる小さな木片」や「馬の手綱の木製部分」を意味するルーマニア語に由来するという説も存在します。

カルシャリ集団は、伝統的に男性のみで構成され、秘密主義的な側面を持っていました。年長の指導者「ヴァタフ」が、踊りのステップや儀式の知識を受け継ぎ、若者を勧誘します。メンバーは、儀式の期間中は女性との性的接触を避け、既婚者は妻と別居するという厳しい規律を守ります。

カルシャリと類似の舞踊：ヨーロッパ各地の伝統とのつながり

カルシャリに似た男性集団舞踊は、カルパティア山脈やトランシルヴァニア地方にも存在します。また、イングランドのモリス・ダンスや、エジプトのハルガのダンスなどとも類似点が指摘されており、ヨーロッパ各地に共通する民俗舞踊の伝統が、カルシャリに反映されている可能性があります。

カルシャリの現代：伝統の継承と変容

現在でも、ルーマニア南部オルト県のスラティナでは、毎年カルシャリのフェスティバルが開催され、各地の集団がそれぞれの独特のスタイルを披露しています。しかし、時代とともに、カルシャリの儀式や踊りの様式は変化を遂げており、その伝統をどのように現代に継承していくかは、大きな課題となっています。

まとめ

カルシャリは、単なる伝統舞踊にとどまらず、ルーマニアの歴史、宗教、民俗信仰、そして自然との深い関わりを表現した、神秘的で魅力的な文化遺産です。妖精の伝説と絡み合いながら受け継がれてきたその歴史と、現代における継承の試みは、私たちに多くの示唆を与えてくれます。今後も、この貴重な文化遺産が大切に保護され、未来へと受け継がれていくことが期待されます。

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