カール5世騎馬像

ティツィアーノによる『カール5世騎馬像』

『カール5世騎馬像』（または『ミュールベルクのカール5世』）は、イタリア盛期ルネサンスの巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが描いた油彩画です。この作品は、1548年4月から9月にかけて、ティツィアーノがアウクスブルクの神聖ローマ帝国の宮廷に滞在中に制作されました。1547年のミュールベルクの戦いでのカール5世の勝利を記念しており、皇帝自身がどのように見られたいかを強く意識して描かせた肖像画です。

制作の背景と委嘱

ティツィアーノは、カール5世の庇護を受けることで国際的な名声を確立しました。二人の関係は、1530年の皇帝と教皇の会見時に始まり、その後も皇帝がイタリアを訪れるたびに交流を深めました。特にアウクスブルク滞在時、ティツィアーノは皇帝のために複数の絵画を制作しました。

本作は、カール5世の妹であるマリア・フォン・エスターライヒ（ハンガリー女王）の依頼によるもので、皇帝自身も絵画における自身の表現に強い関心を持っていました。彼は、ティツィアーノの画家としての技量と、自身を支配者として効果的に表現する能力を高く評価していました。皇帝の身近な場所に住居を与えられたティツィアーノは、皇帝と頻繁に会うことができ、親密な関係を築きました。

作品の特徴

この絵画は、ティツィアーノの初期作品に見られるリアリズムと、1540年代以降の作品に見られる大胆な筆致と色彩が融合しています。馬具や鎧などの細部は初期作品の精密さを表しており、風景や空は後期のダイナミックなスタイルを反映しています。

ティツィアーノは、伝統的な寓意像を用いることを避けつつも、槍を「軍隊の騎士の伝統的なイメージ」である聖ゲオルギオスを暗示させ、カール5世の兜やサッシュ、馬衣の赤色でカトリックの信仰を示唆しています。ティツィアーノは、鮮やかな赤色を表現するために、ヴェネツィアから深紅の顔料を取り寄せたほどでした。

イタリア絵画では前例のない騎馬像の構図は、古代ローマのマルクス・アウレリウス騎馬像や、ルネサンス期の彫刻作品、デューラーの版画などの影響を受けています。しかし、ティツィアーノは前脚を持ち上げた馬に乗った騎手の伝統的な構図を避け、馬が後ろ足で地面を踏みしめながらゆっくりと進む様子を描いています。カール5世は手綱を軽く握り、直立した姿勢で描かれており、その馬術の巧みさが表現されています。

この作品は、直接的な表現と活力に満ちた印象で観る者に強い衝撃を与えます。馬の力強さは抑制されており、カール5世の鎧と深紅の色は戦闘と英雄的な行為を想起させます。彼は「キリスト教の戦士」として描かれていますが、同時に落ち着きと抑制、思慮深さを持ち合わせています。ティツィアーノは、皇帝の年齢と身体的な虚弱さと、強力なリーダーとしての名声との間の緊張関係を表現しており、戦場の夜明けという場面設定を通じて、その英雄的な姿を際立たせています。

カール5世の姿

カール5世は実際には痛風を患っており、輿に乗って戦場に運ばれたとされています。その脆弱さは、暗い雲、疲れた表情、特徴的な顎の突出によって示されていますが、同時に強い決意も感じさせます。ティツィアーノは、背景の暗い木、曇った空、皇帝の冷静で遠くを見つめる視線を通して、安定感と支配感を表現しています。

槍の角度と馬の動きによって前進する印象が与えられ、空は皇帝の勝利を反映しています。ティツィアーノの風景描写は、カール5世の広大な領土と、彼の内面の心象風景を示唆していると言えるでしょう。

後世への影響

ティツィアーノのカール5世の描写は、後の多くの君主や支配者の騎馬肖像に影響を与えました。アンソニー・ヴァン・ダイクの『チャールズ1世騎馬像』や、ゴヤの『ウェリントン公爵騎馬像』などがその例です。特にゴヤの作品は、ティツィアーノの作品をさらに発展させ、英雄的な感覚を取り除き、より内省的な人物像を描いています。

まとめ

ティツィアーノの『カール5世騎馬像』は、単なる肖像画にとどまらず、皇帝の勝利と威厳を象徴する傑作です。制作当時の背景や、ティツィアーノの卓越した技術、そして後世への影響まで含めて、この作品は美術史において重要な位置を占めています。

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