キイロサシガメ

キイロサシガメ（Sirthenea flavipes）

キイロサシガメ（学名：Sirthenea flavipes (Stål, 1855)）は、カメムシ目サシガメ科に属する昆虫の一種です。その名の通り、鮮やかな黄色を基調とした体色が特徴的で、日本のサシガメ類の中では比較的大きな部類に入ります。主に水辺に近い湿った環境に生息することが知られています。

特徴

成虫の体長は18mm前後で、中には20mmに達するものもいるため、サシガメ科の中では大型種に分類されます。体色は黄色地に黒い斑紋が入ります。頭部は前方に鋭く突き出し、首の部分は細くくびれています。頭部の側面は黒褐色で、単眼の前には横方向の溝があります。複眼は黒く、半球状に発達しています。触角は4つの節からなり、根元の第1節は異常に太く黄色、第2節は長く黒褐色、第3節以降は細くなって黄褐色を呈し、細かい毛が生えています。

前胸背は、後ろ縁に近い横溝で大きくくびれています。前半部は前縁を除いて暗黄色、後半部は黒褐色です。小楯板は根元だけが暗黄色で、残りの部分は黒褐色となっています。前翅は硬い鞘状部が黒褐色ですが、根元、小楯板の先端に接する部分、そして膜質部の先端は暗黄色をしています。体の下面は主に暗黄色ですが、中胸、後胸、および腹部の側面が多く暗褐色を呈します。

全ての歩脚は暗黄色ですが、前脚の腿節は非常に太く、また脛節は中央付近が幅広くなっている特徴が見られます。

幼虫は成虫とは全く異なる体色をしており、全体的に赤褐色です。胸部と腹部の色は成長過程で変わりませんが、頭部は終齢幼虫（5齢）になると赤黄色に変化します。

分布

日本国内では本州、四国、九州、琉球列島に分布しています。国外では台湾からインドシナ半島、インドネシアなどを含む東洋区に広く分布しています。日本には本種がキイロサシガメ属唯一の種として生息しています。

生態

生息環境

キイロサシガメは地表で生活しており、特に湿った場所でよく観察されます。水田とその周辺でも頻繁に見られます。島根県での調査事例では、成虫は湿った泥や砂地で見つかることが多かった一方、幼虫はより水際に近い限られた範囲の泥の中で発見され、特に若い幼虫は水辺の柔らかい泥の中にいることが確認されています。また、幼虫は水面を素早く移動する能力を持っています。

食性

キイロサシガメ属の多くの種は、ケラ類を好んで捕食することが知られています。例えば、北米に生息する近縁種 S. carinata の幼虫はコオロギなどを食べますが、成熟した幼虫や成虫はケラを狙うことが報告されています。本種についても、野外でケラを捕食しているのが目撃された例はありますが、詳しい食性に関する調査は十分に行われていません。近年の飼育実験では、ケラを餌として与えたところ、成虫・幼虫ともにこれをよく食べ、幼虫の成長も観察されたものの、成虫まで育てるには至らなかったと報告されています。

生活史

島根県での野外観察と飼育実験に基づいた推定によると、本種は年に一度世代を繰り返す（年一化性）と考えられています。冬は成虫の姿で越し、前年の秋に羽化した成虫が翌春から活動を開始し、8月頃まで生存します。卵は6月から8月にかけて産まれ、孵化は6月中旬から始まります。幼虫は5回の脱皮を経て成長し、9月頃に新たな成虫が出現します。この新成虫がそのまま冬を迎えます。

興味深いことに、本種の生活史はケラのそれと多くの点で一致していることが指摘されています。ケラも主に成虫で越冬し（幼虫でも越冬することもある）、夏に産卵・孵化して秋に成虫になります。これにより、本種の幼虫が出現する時期とケラの幼虫が出現する時期がほぼ重なります。さらに、本種の若い幼虫がよく見られる湿地の水際という場所は、ケラの若い幼虫もよく生息している環境です。

分類と類似種

キイロサシガメ属 (Sirthenea) には世界中で約30種が知られていますが、日本に生息するのは本種 S. flavipes のみです。その独特な黄色い体色と黒い斑紋は、日本に生息する他のサシガメ類には見られない特徴であり、比較的容易に識別できます。

本種の体色や斑紋は、同じく湿地の地表に生息し、ケラとも関連が深いミイデラゴミムシに類似している点が興味深いとされています。また、本種の幼虫は、接触すると皮膚炎を引き起こす毒を持つことで知られるアオバアリガタハネカクシに一見似ていることが指摘されています。アオバアリガタハネカクシは、本種の2～3齢幼虫と大きさが近く、湿地の水際という同じ環境によく生息しています。このことから、本種の幼虫がアオバアリガタハネカクシに擬態している可能性も示唆されています。

人間との関わり

サシガメ類は一般的に他の昆虫を捕食するため、農業害虫の天敵として益虫としての側面を持つと考えられています。しかし、もし本種がケラを専門に捕食するのであれば、ケラは農業害虫として扱われることもあるものの、重要度はさほど高くないため、益虫としての貢献は限定的かもしれません。

サシガメ類にうかつに触れると、細く硬い口吻で刺されることがあります。これはカメムシ目の多くの種で見られる行動ですが、特にサシガメ類では頻繁に起き、刺された際の痛みは非常に強いことで知られています。本種はサシガメの中でも特に人を刺すことが多い種の一つとされています。過去の図鑑にも、人を刺すカメムシとして具体的に種名が挙げられる際に本種が含まれていたり、「口吻で刺されると甚だしく痛い」と特筆されている例があります。本種は灯火にも飛来することがあるため、夜間に接触する機会が多く、刺されるリスクも高まる可能性があります。

触れた際に比較的すぐに刺してきて激しい痛みを生じるのは、本種が属するクロモンサシガメ亜科に共通する特徴とされています。日本で普通に見られるこの亜科の他の種としては、クロサシガメやクロモンサシガメなどがいますが、これらは地味な黒い体色で、灯火にあまり飛来しないようです。

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