キヌレニン

キヌレニン (Kynurenine)

キヌレニンは、ヒトを含む多くの生物において、必須アミノ酸であるトリプトファンの主要な代謝経路であるキヌレニン経路の重要な中間代謝産物の一つです。化学的にはアミノ酸の構造を持ち、伝統的な記法によればD体とL体の二つの光学異性体（エナンチオマー）が存在します。

生合成

生体内では、キヌレニン経路の過程で合成されます。具体的には、トリプトファンがまずインドレアミン-2,3-ジオキシゲナーゼ (IDO) またはトリプトファン-2,3-ジオキシゲナーゼ (TDO) によってN'-ホルミルキヌレニンへと変換された後、アリールホルムアミダーゼという酵素の作用により、N'-ホルミルキヌレニンからホルミル基が除去されてキヌレニンが生成されます。

代謝

生成されたキヌレニンは、さらに様々な代謝経路へと進みます。主要な代謝産物としては、主に以下の3つが挙げられます。

3-ヒドロキシキヌレニン: キヌレニン-3-モノオキシゲナーゼ (KMO) という酵素によって変換されます。この物質はさらに下流の代謝産物（例えばキサンツレン酸など）へと変化し、ナイアシン（ビタミンB₃）の生合成経路へと繋がります。
アントラニル酸: キヌレニナーゼという酵素によって生成されます。この代謝産物も様々な生体内反応に関わります。
キヌレン酸: キヌレニン—オキソグルタル酸トランスアミナーゼ (KAT) という酵素によって変換されます。キヌレン酸は神経伝達物質受容体への作用などが知られており、脳機能への影響が研究されています。

これらの代謝経路は、トリプトファンがナイアシンへと変換される過程で中心的な役割を果たすとともに、様々な生理活性物質を産生します。

生理機能と疾患との関連

キヌレニンおよびその下流代謝産物は、生体内において単なる代謝中間体にとどまらず、多様な生理機能や疾患に関与していることが研究により明らかになっています。

白内障: 加齢に伴って発症する白内障との関連が研究されています。目の水晶体において、キヌレニンの一部代謝産物が紫外線(UV)を吸収するフィルターとして機能していると考えられていますが、この機能が変化することが白内障の発症に関与する可能性が示唆されています。
チック症: 神経疾患の一つであるチック症との関連も指摘されています。
癌: 近年の研究では、癌との関連が注目されています。キヌレニンは、生体内に存在する芳香族炭化水素受容体 (AHR) の内因性リガンド（受容体に結合して作用を引き起こす物質）であることが報告されています。一部の癌細胞では、トリプトファンをキヌレニンへと変換する酵素であるTDOなどの活性が亢進しており、これによりキヌレニンの産生が増加します。生成されたキヌレニンがAHRを活性化することで、癌細胞の増殖を促進したり、抗腫瘍免疫応答を抑制したりする可能性が示されており、癌治療における新たな標的分子として研究が進められています。

このように、キヌレニンはトリプトファン代謝の中心的な役割を担うだけでなく、脳機能、免疫応答、疾患の発症など、広範な生体機能と深く関連する分子として理解されています。

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