キャプテン・チャールズ・ジョンソン

キャプテン・チャールズ・ジョンソンは、18世紀初頭にイギリスで活動したとされる人物で、1724年に出版されたベストセラー『悪名高き海賊たちの強奪と殺人の歴史』（通称『海賊史』）の著者として知られています。この著作は、17世紀末から18世紀初頭にかけてカリブ海などで活動した著名な海賊たちの生涯や行いを詳細に記しており、後の時代における海賊のイメージ形成に絶大な影響を与えました。しかし、『海賊史』を執筆したという事実以外、ジョンソン自身の経歴や正体については一切分かっておらず、これはペンネームだと考えられています。

『海賊史』とその影響

『海賊史』は、当時の海賊活動に関する主要な情報源の一つとされています。特に、キャプテン・キッド、黒髭（エドワード・ティーチ）、メアリ・リード、アン・ボニーといった有名な海賊たちの伝記は、この本を通じて広く知られることになりました。ジョンソンの記述は、史実に基づいていると考えられますが、個性的で劇的な海賊像を描き出し、登場人物の会話なども豊富に盛り込まれていることから、多分に脚色が加えられていると推測されています。歴史家のデイビッド・コーディリーは、現代における海賊の概念はジョンソンによって生み出されたと言っても過言ではないと評価しています。

『海賊史』は出版されるやいなや爆発的な売れ行きを示し、わずか数年のうちに何度も増補版が刊行されました。これは、当時の人々が海賊という存在に抱いていた強い関心を示すとともに、出版市場で伝記集が隆盛を極めていた時代背景を反映していると考えられます。実際、『海賊史』に続いて、追い剥ぎ（ハイウェイマン）や売春婦など、社会の周縁に生きる人々の伝記集が次々と出版されています。

正体を巡る謎

ジョンソンの正体については、出版以来長らく歴史家や文学研究者によって探求されてきましたが、確定的な証拠は発見されていません。同時代に「チャールズ・ジョンソン」という名の船長が存在した記録は見つかっておらず、ペンネームである可能性が非常に高いとされています。海賊たちの航海や行動に関する詳細な記述が含まれていることから、著者が実際に船乗りであったか、あるいは海事に関する専門知識を持つ人物だった可能性が指摘されています。ペンネームであれば、海賊を題材にした演劇の劇作家チャールズ・ジョンソンから名を借りた可能性なども論じられています。

ダニエル・デフォー説

数ある説の中でも特に有名になったのが、小説『ロビンソン・クルーソー』の著者として知られるダニエル・デフォーがジョンソンの正体であるという説です。この説は、1932年に著名なデフォー研究家であるジョン・ロバート・ムーアによって提唱されました。ムーアは、『海賊史』の文体やテーマ、特に犯罪者や航海への関心がデフォーの他の作品と酷似していることを根拠に、デフォーこそが『海賊史』の真の著者であると強く主張しました。ムーアの高い学術的評価もあり、この説は広く受け入れられ、多くの図書館で『海賊史』の著者がデフォーに変更されるほどでした。

しかし、この説には批判も根強く存在します。1988年、学者であるP・N・ファーバンクとW・R・オウインズは、デフォー説の根拠とされる文体の類似性が不十分であること、外部証拠が存在しないこと、そして『海賊史』とデフォーの既知の作品との間に内容の矛盾点があることを指摘し、デフォー説に反論しました。彼らは、ムーアが類似点とした多くの表現が18世紀には一般的であったとし、デフォーの作品を特定する際に「文体」に過度に依存することの危険性を指摘しました。実際、デフォー研究においては、外部証拠が乏しい匿名作品を「文体」のみでデフォー作とする傾向があり、その妥当性自体が論争の的となっていました。

ナサニエル・ミスト説

近年では、別の有力な候補として、出版者兼ジャーナリストであったナサニエル・ミスト（または彼の関係者）を正体とする説が注目されています。著述家のコリン・ウッダードは、ミスト説を支持しており、その根拠として以下のような点を挙げています。

ミスト自身が元船乗りで、西インド諸島の事情に詳しかった。
『海賊史』を出版したチャールズ・リヴィントンの近くに住み、仕事上の関係があった。
『海賊史』の出版登記名義がミストであったという説がある。
ミストがジャコバイトであったことと、『海賊史』で一部の海賊が同情的に描かれている点に関連性が見られる。

これらの根拠から、ミストがデフォーよりもジョンソンの正体である可能性は高いとする見解が提示されています。

まとめ

キャプテン・チャールズ・ジョンソンの正体は、依然として歴史上の謎の一つです。ダニエル・デフォー説は広く知られていますが、近年の研究ではナサニエル・ミスト説なども含め、様々な可能性が議論されています。しかし、彼の著した『海賊史』が、史実と想像力が織りなす物語によって、後世の人々が思い描く「海賊」という存在のイメージを決定づけた、極めて重要な作品であることは間違いありません。

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