キリストの割礼 (ルーベンス)

ピーテル・パウル・ルーベンス作「キリストの割礼」

ピーテル・パウル・ルーベンスが1605年に制作した「キリストの割礼」は、バロック美術の巨匠による初期の重要な作品の一つです。この絵画は、幼児イエス・キリストの割礼という宗教的な儀式を主題としており、その劇的な表現と卓越した技術によって、見る者に深い印象を与えます。

主題と背景

割礼は、モーセの律法に定められた重要な儀式であり、ユダヤ教の伝統において男子が生まれてから8日目に行われます。新約聖書「ルカによる福音書」には、イエス・キリストもこの儀式を受けたことが記されています。ルーベンスは、この聖書の記述を基に、神殿内での割礼の様子を描いています。

制作経緯

この作品は、ジェノヴァの貴族出身のマルチェロ・パラヴィチーニ神父の依頼により、サンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会の主祭壇画として制作されました。ルーベンスは、この依頼を受ける前に、マントヴァ公のためにイエズス会教会に3つの大作を制作しており、その縁がこの作品の制作につながったと考えられています。イエズス会は、イエス（イエズス）の名を冠することから、幼児キリストの命名に関わる割礼のエピソードを重視しました。この依頼は、ルーベンスとイエズス会の関係を決定づける重要なものとなり、後にルーベンスは、アントウェルペンのイエズス会修道院の教会堂装飾の大規模な連作制作も請け負うことになります。

作品の構成と表現

画面の中央には、執刀台に仰向けに寝かされた幼児キリストが描かれています。執刀者は割礼を終えたばかりで、男性器を露出させています。その隣には、ワインを注いだグラスを持つ男がおり、執刀者がそのワインを口に含んで傷口から血を吸い取る様子が描かれています。聖母マリアは、我が子の痛みを見るに耐えられず、顔を背けています。画面上部には、天使たちが現れ、神の光が地上に降り注ぎ、場面全体を照らしています。
ルーベンスは、この作品において、割礼の直接的な描写と同時に、ユダヤ教の慣習に反して女性像を描き、割礼という儀式の過酷さを表現しています。また、赤ワインはキリストの受難を暗示しているとも解釈できます。ルーベンスのこうした大胆な表現は、バロック時代の要請に応えるものでした。

また、この絵画には、新約聖書の他の登場人物も描かれています。執刀者の背後には、イエスが救い主となることを予言した抱神者シメオンが、執刀台の左側には女預言者アンナがいます。そして、左端に描かれた母子は、聖エリザベトとその息子である洗礼者ヨハネとされています。

ルーベンスは、この作品において、イタリアで学んだ様々な画法を取り入れています。赤褐色の下塗りや、緑がかった暗い青色の背景に強い光を当てる手法は、ヴェネツィア派のティントレットの影響を受け、天使たちに囲まれた天上の光の表現はコレッジョの影響を受けています。顔を背ける聖母像には、古代彫刻の影響が見られます。

来歴と所蔵

祭壇画は、1605年の冬にローマで完成し、ジェノヴァのサンティ・アンブロージョ・エ・アンドレア教会に送られ、1606年1月1日に除幕式が行われました。以来、この祭壇画は同教会に所蔵されています。また、この作品のモデロ（構図習作）は、オーストリアの外交官であったアントン・フランツ・デ・パウラ・ランベルク＝シュプリンツェンシュタイン伯爵のコレクションに由来し、現在ではウィーン美術アカデミー絵画館に所蔵されています。

まとめ

「キリストの割礼」は、ルーベンスの初期の傑作として、その画力と革新的な表現が際立つ作品です。宗教的なテーマを扱いながらも、人間的な感情やドラマを豊かに描き出し、バロック美術の魅力を存分に伝えています。この作品は、ルーベンスの才能と創造性を証明するだけでなく、当時の宗教観や社会情勢を理解する上でも重要な資料となっています。

ギャラリー

マントヴァ公の発注でイエズス会教会のために制作された作品

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