キリスト者の完全

キリスト者の完全 (著書)

概要

『キリスト者の完全』（原題: "Plain Account of Christian Perfection"）は、18世紀にイギリスで勃興したメソジスト運動の中心的人物であった神学者、ジョン・ウェスレーが著した重要な神学書です。この書は、メソジスト派が特に強調した霊的成長と聖化の教えの中核をなす概念である「キリスト者の完全」について、ウェスレー自身の理解と経験に基づき、平易な言葉で説明することを目的としています。信仰者がこの地上で目指しうる霊的高みを示した著作として、今日でも広く読まれています。

「キリスト者の完全」の教え

本書でウェスレーが展開する「完全」の概念は、哲学的な意味で語られるような、属性において無限であり、一切の欠点や限界を持たない絶対的な完全とは異なります。それは、全能で非被造物である神にのみ属する完全性です。ウェスレーは、自身の提唱する完全を「キリスト者の」と限定することで、この完全がイエス・キリストを信じ、その救いの恵みを受けた者にとって、信仰を通して到達可能となる特定の霊的・倫理的な状態であることを明確にしています。

具体的に、「キリスト者の完全」とは、アダムの堕罪以来、すべての人類の内面に宿るようになった罪への傾きやすい性質、すなわち「肉」の支配から、聖霊の力によって解放され、清められた心の状態を指します。「肉」とは、意識的な罪の行為だけでなく、自己中心的な動機、神への不信、利己的な欲望など、罪に繋がる内的な傾向性を広く含みます。ウェスレーは、聖霊の働きによって、信仰者がこれらの罪の根源から清められ、その支配力から解き放たれる経験を強調しました。しかし、これは人間的な弱さや判断の誤り、あるいは無知から来る過失が一切なくなることを意味するのではありません。

ここで言う「完全」は、むしろ心の中心、すなわち動機が絶えず神への純粋な愛（アガペー）と隣人への愛によって支配されている状態を指します。その人のすべての思考、感情、意志決定、そして行動の源が、神の栄光と隣人の益を願う愛に基づいている、ということです。ウェスレーは、この聖霊による内的な清めが、信仰生活の中で一つの転機的な経験として訪れる可能性があるとしつつも、それは完成ではなく、その後の生涯にわたる継続的な成長の始まりであると考えました。清められた後も、信仰者は様々な試練や誘惑を通して、未だ残る罪への傾きやすさと向き合いながら、神の恵みによって支えられ、愛と聖さにおいてキリストの満ち満ちた姿へと成長していくプロセスを歩み続けます。したがって、「キリスト者の完全」は、成長の途上にありながらも、愛を最高の動機とし、罪の内的な束縛から解放された、神との深い交わりの中にあるダイナミックな信仰の状態を示す概念なのです。

影響と継承

ウェスレーがこの書で説いた「キリスト者の完全」の教えは、メソジスト運動の発展において極めて重要な役割を果たしました。それはウェスレー派の教会群に受け継がれ、特に19世紀後半にアメリカで興ったホーリネス運動においては、聖霊による清めと聖化を強調する主要な教理の一つとして位置づけられ、その後の信仰運動に大きな影響を与えました。

翻訳

『キリスト者の完全』は、ウェスレーの思想を世界に伝える上で重要な著作であり、日本においてもその思想が紹介される中で、複数の訳書が出版されています。これにより、日本語圏の読者もウェスレーの「キリスト者の完全」に関する教えに触れる機会が与えられています。

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