キルトの袖をつけた男の肖像

ティツィアーノ『キルトの袖をつけた男の肖像』

『キルトの袖をつけた男の肖像』は、イタリア・ルネサンス期の巨匠、ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1510年頃に制作した油彩肖像画です。この作品は、その質の高さから常に賞賛を集めていますが、モデルの特定については長年議論が続いてきました。現在はロンドンのナショナル・ギャラリーに所蔵されており、美術史における重要な作品として知られています。

作品の特徴

この肖像画は、ヴェネツィアがルネサンス肖像画の発展を主導していた時期に描かれました。ティツィアーノは、ジョルジョーネが肖像画に取り入れた「内なる謎めいた雰囲気」を継承しつつ、モデルの個性をより力強く、写実的に表現しています。モデルの熱い視線は、宗教画からの影響を示唆し、鑑賞者との間に置かれた欄干は、肖像画の構図における「切り取り」を正当化しています。また、大きく突出した青い袖は、絵画空間を鑑賞者の空間に持ち込む効果を生み出しています。

ティツィアーノは、頭部をわずかに傾け、振り向くようなポーズによって、肖像画にドラマ性を加えています。袖の鮮やかな青色と、人物の影の部分と灰色の大気の背景との融合は、この作品の革新的な側面の一つです。欄干に彫られたように見える「T」と「V」の文字は、ティツィアーノ・ヴェチェッリオのイニシャルと解釈されています。

制作年代と帰属

作品の制作年代は、その様式や署名の解釈、他のティツィアーノ作品との比較に基づいて、1509年から1512年頃とされています。初期にはジョルジョーネの作とされていた時期もありましたが、現在はティツィアーノの作品として確立しています。科学的な調査によって、自信に満ちた下絵の存在が明らかになっています。

モデルを巡る議論

長らく詩人ルドヴィーコ・アリオストの肖像画とされていましたが、現在は否定されています。1895年、美術史家ジャン・ポール・リヒターによって、バルバリーゴ家の男性を描いたものであるという説が提唱されました。ナショナル・ギャラリーは、2017年にジェローラモ・バルバリーゴを最も有力な候補として採用しました。この人物は、肖像画が描かれた1509年に30歳であり、貴族として重要な政治的役割を担う資格を得る年齢であったとされています。また、ティツィアーノ自身の自画像であるという説も存在します。

レンブラントへの影響

レンブラントはこの絵画に影響を受け、自身の自画像でそのポーズを模倣しました。特に、1639年の『石の手摺りにもたれる自画像』では、衣装もティツィアーノの時代のものを取り入れています。

作品の来歴

この作品は、17世紀にはアムステルダムの画商アルフォンソ・ロペスのコレクションにあり、その後、イギリスに渡りました。1904年にナショナル・ギャラリーに収蔵されるまで、イギリスの貴族のコレクションにありました。ナショナル・ギャラリーは、多くの寄付によってこの作品を購入し、英国の美術品が海外に流出するのを防ぐ上で重要な転換点となりました。

保存状態

この作品は1949年に洗浄され、署名の後半部分が上塗りされたことが確認されました。青い袖は保存状態が良い一方で、顔や手の周りには摩耗が見られます。欄干は広範囲に修復されています。袖の細い赤い線は色あせており、表面の凹凸がコントラストを低下させています。

まとめ

『キルトの袖をつけた男の肖像』は、ティツィアーノの初期の肖像画として、その後の肖像画の発展に大きな影響を与えた作品です。モデルの特定は依然として議論の余地がありますが、作品の美術史的な価値は高く評価されています。この作品は、ルネサンス期の肖像画の魅力と、ティツィアーノの卓越した技術を今に伝える貴重な遺産です。

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