キンティンスヒル鉄道事故

1915年5月22日、第一次世界大戦の最中に、イギリス・スコットランド南部のダンフリースシャー地方、グレトナ・グリーン近郊にあるキンティンスヒル信号場で、英国鉄道史上最悪の列車事故が発生しました。この多重衝突事故により、200名を超える尊い命が失われました。

キンティンスヒル信号場は、グラスゴーとカーライルを結ぶカレドニアン鉄道の本線（現在のウェスト・コースト本線の一部）上に位置し、南北両方向きの待避線を備えていました。事故当日、両方の待避線には貨物列車が停車しており、南行きの普通列車が上り本線上に一時的に待機させられていました。午前6時49分、南行きの兵員輸送列車が、この停車中の普通列車に追突。さらにその約1分後、ロンドン発グラスゴー行きの北行き急行寝台列車が、最初の衝突事故の残骸に突っ込みました。この二重衝突の衝撃に加え、兵員輸送列車に使用されていた旧式の木造客車に備え付けられていたピンチガス照明のタンクが破損し、漏れ出したガスが引火。事故に巻き込まれた5本の列車の大部分が炎上し、被害を甚大なものとしました。

兵員輸送列車に乗車していたのは、主にガリポリ戦線へ向かう途中のロイヤル・スコッツ連隊第1/7大隊（リース）の兵士たちでした。火災により多くの遺体が焼失し、また兵員名簿も失われたため、正確な死者数の特定は困難を極めました。公式な死者数は227人とされていますが、これには身元不明の子供4名は含まれていません。犠牲となった兵士たちは、エディンバラのローズバンク墓地に集団埋葬され、現在も毎年追悼式典が行われています。

事故後の公式調査は、当時の商務庁によって行われ、列車運行に関する複数の規定違反があったことが明らかになりました。主な原因は、信号扱い手たちの失態と、ずさんな勤務交代の習慣でした。待避線が両方埋まっていたため、遅れていた下り急行列車を追い抜かせるべく、下り普通列車を上り本線に退行させて停車させていました。しかし、早番の信号扱い手が運行記録簿の書き写しに気を取られるなど、複数の要因が重なり、信号扱い手たちはこの本線上に停車している普通列車の存在を完全に忘れてしまいました。その結果、上り本線の信号を進行現示とし、南行きの兵員輸送列車の進入を許可してしまったのです。

調査報告を受け、関係した2人の信号扱い手、ジェームズ・ティンズリーとジョージ・ミーキンは、イングランドでの検視官による調査を経て、スコットランドで過失致死罪で起訴されました。イングランドとスコットランドで二重に訴追されるという異例の事態を経て、最終的にスコットランドでの裁判が行われました。裁判では、彼らの職務における注意義務違反が認められ、有罪判決が下されました。ティンズリーは懲役3年、ミーキンは禁錮18か月の刑に服しました。ただし、この事故防止のために存在した規定55（停車列車乗務員による信号扱所への報告義務）を適切に履行しなかった機関助士は無罪となっています。

刑期を終えた後、二人の信号扱い手は1916年12月に釈放され、驚くべきことにカレドニアン鉄道に再び雇用されましたが、信号扱い以外の職務に就きました。ティンズリーは灯火手として、ミーキンは貨物列車車掌として働きました。

2015年の事故100周年を機に制作されたBBCのドキュメンタリー番組では、この事故が現代の鉄道事故調査の視点から再検証されました。番組は、信号扱い手たちが事故の責任を負わされる「スケープゴート」とされた可能性を示唆し、戦時下の過密輸送や利益優先の経営、そして旧式で安全性の低い木造客車の使用といった、カレドニアン鉄道や政府側の構造的な問題にも言及しました。また、信号扱い手の不適切な勤務交代が慣習化していたことや、事故防止のための安全装置（信号てこ固定器具や軌道回路）の導入が遅れていたことなど、鉄道会社の安全管理体制の不備も批判的に取り上げられました。さらに、早番の信号扱い手ティンズリーがてんかんの症状を抱えていた可能性があり、これが一時的な記憶喪失につながったのでは、という仮説も提示されました。

キンティンスヒル鉄道事故は、単なる人的ミスだけでなく、組織文化、安全慣行、技術的な遅れ、そして戦時下という特殊な状況が複合的に絡み合って発生した、極めて教訓的な大惨事として、英国鉄道史に深く刻まれています。事故現場近くや、犠牲者の多くが埋葬されたローズバンク墓地などには、事故を記憶にとどめるための記念碑が建てられており、毎年追悼行事が行われています。

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