キンバリー・クレンショー:人種、ジェンダー、そして交差性
キンバリー・ウィリアムズ・クレンショー(1959年 - )は、
アメリカ合衆国を代表する
弁護士、人権活動家、そして学究です。
カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)と
コロンビア大学のロースクールで教鞭をとり、批判的人種理論、特に「インターセクショナリティ(交差性)」の概念で世界的に知られています。
オハイオ州カントンで黒人家庭に生まれ、教師である両親のもとで育ちました。
コーネル大学でアフリカーナ研究を専攻した後、
ハーバード・ロー・スクールを卒業、さらに
ウィスコンシン大学で法学修士号を取得しています。
学術的貢献と活動
クレンショーはハーバード在学中から批判的人種理論のワークショップを主宰するなど、早くからその才能を発揮しました。UCLAロースクールに教員として着任すると、
1991年と
1994年には学生投票で最優秀教員に選ばれるなど、高い評価を得ています。
1991年には、最高裁判事候補指名聴聞会で
セクシャルハラスメント訴訟を起こしたアニタ・ヒルの弁護団にも参加しました。
その後、
コロンビア大学に移籍し、教授として活躍する一方、非営利シンクタンクであるアフリカ系アメリカ人制作フォーラムを共同設立。同フォーラムでは構造的暴力の撤廃と人種的正義、ジェンダー平等の実現を目指した活動を行っています。国連反人種主義世界会議(WCAR)のために「人種とジェンダーの差別」に関する背景資料を作成するなど、国際的な舞台でも活躍しています。また、
スタンフォード大学の先端行動研究センターでフェローシップを獲得するなど、研究活動も精力的に行っています。2011年には、
コロンビア大学に交差性・社会政策研究センターを設立し、中心的な役割を担いました。
インターセクショナリティ:交差する差別
クレンショーの最も重要な業績の1つは、インターセクショナリティ(交差性)の概念の提唱です。
1989年の論文で初めてこの概念を提示し、黒人女性が経験する人種差別と性差別の複雑な交錯を分析しました。従来の
フェミニズムや人種差別問題へのアプローチでは説明できない、黒人女性特有の差別構造を明らかにしたのです。
インターセクショナリティは、単なる人種差別や性差別といった個々の問題の合計ではなく、それらが重なり合い、相互に作用することで、より複雑で深刻な差別を生み出すという考え方です。クレンショーは、道路の交差点に例え、人種とジェンダーという二つの軸が交差することで、黒人女性が独自の困難な状況に置かれていることを示しました。
彼女は、この概念は自身の研究以前からアフリカ系アメリカ人女性の間に存在しており、アンナ・J・クーパー、マリア・スチュワート、
アンジェラ・デイヴィスといった女性たちがその先駆けであったと主張しています。特に、男性に関する政治経済的問題は広く議論される一方、女性に関する問題は文学や詩の文脈に限られることに問題意識を持っていました。
クレンショーはインターセクショナリティ分析を構造的、政治的、表象的という3つの要素に分解し、それぞれの側面から分析を行いました。構造的には家父長制や人種差別、政治的には人種差別撤廃運動や女性差別撤廃運動における排除、表象的には人種的偏見とジェンダー的偏見の複雑な交錯を分析の対象としています。
社会への影響
クレンショーの研究は、南アフリカ共和国憲法の平等条項の起草にも影響を与えたと言われています。また、彼女は数々の講演会やパネルディスカッションで、インターセクショナリティの重要性について訴え、社会に大きな影響を与え続けています。
セクシャルハラスメント問題や有色人種の女性が直面する多様な差別問題など、現代社会における様々な問題に取り組んでいます。アニタ・ヒル事件についてもインターセクショナリティの観点から分析を行い、黒人女性が置かれた困難な状況を浮き彫りにしました。
クレンショーの業績は、単なる学術的な成果にとどまらず、人種とジェンダーの問題を考える上で不可欠な枠組みを提供し、現代社会の抱える複雑な問題解決に向けた重要な指針となっています。彼女の研究は、人種差別と性差別といった複数の差別が交錯する複雑な現実を理解し、より公正で平等な社会を構築するために、継続して取り組む必要性を改めて示唆しています。