クラリネットソナタ (プーランク)
《クラリネットとピアノのためのソナタ》FP 184 は、20世紀フランスを代表する作曲家フランシス・プーランク（Francis Poulenc, 1899-1963）が、その晩年にあたる1959年から1962年にかけて作曲した室内楽曲です。プーランクが手掛けた3曲の木管楽器のためのソナタの一つであり、1956年のフルート・ソナタ、そして1962年にほぼ同時期に完成させたオーボエ・ソナタと並ぶ重要なレパートリーとなっています。特に本作は、プーランクが生涯をかけて完成させた最後の作品となりました。
このソナタは、プーランクが深く敬愛し、1955年にこの世を去った友人であり作曲家のアルテュール・オネゲル（Arthur Honegger, 1892-1955）に捧げられています。親しい友の死に対する深い哀悼の念が、この作品の根底に流れていると言えるでしょう。
作品の初演は、作曲者の死から約3ヶ月が過ぎた1963年4月10日、アメリカ・ニューヨークのカーネギーホールで行われました。この歴史的な演奏には、ジャズ界の伝説的なクラリネット奏者ベニー・グッドマン（Benny Goodman, 1909-1986）が独奏を務め、多才な指揮者・作曲家として知られるレナード・バーンスタイン（Leonard Bernstein, 1918-1990）がピアノ伴奏を務めるという、異色の組み合わせが実現しました。この顔合わせは、クラシックとジャズという異なるジャンルを超えたプーランク作品の普遍的な魅力を物語っています。
初演から今日に至るまで、《クラリネットとピアノのためのソナタ》は20世紀に書かれたクラリネット作品の中でも傑作の一つとして不動の地位を確立しています。その豊かな抒情性と劇的な展開は、世界中の著名なクラリネット奏者やピアニストによって頻繁に取り上げられており、また、若い演奏家たちの登竜門である音楽コンクールの課題曲としても広く採用されています。
このソナタは、作曲者自身が完成直後に世を去ったという事情から、出版に際していくつかの課題がありました。楽譜に記された音符の細部や、ダイナミクス（強弱）、アーティキュレーション（音の区切り方や奏法）に関する指示の一部に曖昧さや欠落が見られたため、後の校訂者たちがそれらを補完・整理する必要が生じました。このため、今日では僅かな異同を含む複数の改訂版が存在し、演奏家はどの版を用いるかを選択することもあります。
作品全体を通じて、このソナタはプーランク特有の洒脱で感傷的なメロディーと、時にシリアスでドラマティックな表現が交錯しています。しかし、単なるプーランクらしさに留まらず、献呈相手であるオネゲルの、人間的であるがゆえの悲観的な内面性や、深く内省的な響きをも映し出していると評されることもあります。プーランク自身の明るく奔放な人柄と、オネゲルのシリアスな精神性が溶け合った、複雑な感情の綾が織りなされています。
全曲を通じた演奏時間は約13分程度です。ソナタは以下の3つの楽章で構成されています。
1. Allegro tristamente (Allegretto - Très calme - Tempo allegretto)
第1楽章は「悲しげなアレグロ」という、珍しく感情的な指示を持つ楽章です。楽章自体は急-緩-急という三部形式のような構成を持っています。ショッキングな印象を与える冒頭の動機は、プーランクのフルート・ソナタの冒頭動機を上下反転させたものです。この動機は、後の楽章にも繰り返し現れる循環動機としての役割も担います。中間部の「Très calme」セクションでは、分散和音を用いた穏やかな動機が静かに展開されます。この動機は、オーボエ・ソナタの第2楽章との関連性も指摘されています。
2. Romanza (Très calme)
ト短調、3/4拍子の三部形式による緩徐楽章です。当初は「ラメント」（悲歌）という題名で構想されていたとされ、作曲者自身が作曲中に「非常に感動的である」と記したほど、深い情感に満ちています。主要な主題は、プーランクが1959年に作曲した合唱曲《グローリア》の第5曲「Domine Deus, Agnus Dei」から引用されており、クラリネットには「きわめて柔らかく、憂鬱に」（très doux et mélancolique）と指示が与えられ、切々と歌い上げられます。
3. Allegro con fuoco (Très animé)
ハ長調、4/4拍子による終楽章です。形式としてはロンド形式に近いと考えられています。「熱狂的に速く」「非常に活発に」といった指示が示す通り、それまでの楽章とは打って変わった、荒々しくも快活なエネルギーに満ちた楽想が支配的です。しかし、その中にあって、ふと現れる憂愁を帯びた旋律が、楽章全体に複雑な陰影を与えています。この急速で情熱的なフィナーレは、ソナタ全体を劇的に締めくくります。
このソナタは、プーランクの円熟期における傑作として、彼の多面的な音楽性と深い人間性が結晶した作品と言えるでしょう。悲しみと喜び、静寂と熱狂が絶妙に織り交ぜられたその音楽は、演奏者にも聴衆にも強い印象を与え続けています。
このソナタは、プーランクが深く敬愛し、1955年にこの世を去った友人であり作曲家のアルテュール・オネゲル（Arthur Honegger, 1892-1955）に捧げられています。親しい友の死に対する深い哀悼の念が、この作品の根底に流れていると言えるでしょう。
作品の初演は、作曲者の死から約3ヶ月が過ぎた1963年4月10日、アメリカ・ニューヨークのカーネギーホールで行われました。この歴史的な演奏には、ジャズ界の伝説的なクラリネット奏者ベニー・グッドマン（Benny Goodman, 1909-1986）が独奏を務め、多才な指揮者・作曲家として知られるレナード・バーンスタイン（Leonard Bernstein, 1918-1990）がピアノ伴奏を務めるという、異色の組み合わせが実現しました。この顔合わせは、クラシックとジャズという異なるジャンルを超えたプーランク作品の普遍的な魅力を物語っています。
初演から今日に至るまで、《クラリネットとピアノのためのソナタ》は20世紀に書かれたクラリネット作品の中でも傑作の一つとして不動の地位を確立しています。その豊かな抒情性と劇的な展開は、世界中の著名なクラリネット奏者やピアニストによって頻繁に取り上げられており、また、若い演奏家たちの登竜門である音楽コンクールの課題曲としても広く採用されています。
このソナタは、作曲者自身が完成直後に世を去ったという事情から、出版に際していくつかの課題がありました。楽譜に記された音符の細部や、ダイナミクス（強弱）、アーティキュレーション（音の区切り方や奏法）に関する指示の一部に曖昧さや欠落が見られたため、後の校訂者たちがそれらを補完・整理する必要が生じました。このため、今日では僅かな異同を含む複数の改訂版が存在し、演奏家はどの版を用いるかを選択することもあります。
作品全体を通じて、このソナタはプーランク特有の洒脱で感傷的なメロディーと、時にシリアスでドラマティックな表現が交錯しています。しかし、単なるプーランクらしさに留まらず、献呈相手であるオネゲルの、人間的であるがゆえの悲観的な内面性や、深く内省的な響きをも映し出していると評されることもあります。プーランク自身の明るく奔放な人柄と、オネゲルのシリアスな精神性が溶け合った、複雑な感情の綾が織りなされています。
全曲を通じた演奏時間は約13分程度です。ソナタは以下の3つの楽章で構成されています。
1. Allegro tristamente (Allegretto - Très calme - Tempo allegretto)
第1楽章は「悲しげなアレグロ」という、珍しく感情的な指示を持つ楽章です。楽章自体は急-緩-急という三部形式のような構成を持っています。ショッキングな印象を与える冒頭の動機は、プーランクのフルート・ソナタの冒頭動機を上下反転させたものです。この動機は、後の楽章にも繰り返し現れる循環動機としての役割も担います。中間部の「Très calme」セクションでは、分散和音を用いた穏やかな動機が静かに展開されます。この動機は、オーボエ・ソナタの第2楽章との関連性も指摘されています。
2. Romanza (Très calme)
ト短調、3/4拍子の三部形式による緩徐楽章です。当初は「ラメント」（悲歌）という題名で構想されていたとされ、作曲者自身が作曲中に「非常に感動的である」と記したほど、深い情感に満ちています。主要な主題は、プーランクが1959年に作曲した合唱曲《グローリア》の第5曲「Domine Deus, Agnus Dei」から引用されており、クラリネットには「きわめて柔らかく、憂鬱に」（très doux et mélancolique）と指示が与えられ、切々と歌い上げられます。
3. Allegro con fuoco (Très animé)
ハ長調、4/4拍子による終楽章です。形式としてはロンド形式に近いと考えられています。「熱狂的に速く」「非常に活発に」といった指示が示す通り、それまでの楽章とは打って変わった、荒々しくも快活なエネルギーに満ちた楽想が支配的です。しかし、その中にあって、ふと現れる憂愁を帯びた旋律が、楽章全体に複雑な陰影を与えています。この急速で情熱的なフィナーレは、ソナタ全体を劇的に締めくくります。
このソナタは、プーランクの円熟期における傑作として、彼の多面的な音楽性と深い人間性が結晶した作品と言えるでしょう。悲しみと喜び、静寂と熱狂が絶妙に織り交ぜられたその音楽は、演奏者にも聴衆にも強い印象を与え続けています。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。