クラレンス・ナッシュ

クラレンス・チャールズ・ナッシュ

クラレンス・チャールズ・ナッシュ（1904年12月7日生、1985年2月20日没）は、アメリカ合衆国オクラホマ州に生まれた、エンターテイメント界において特異な足跡を残した声優です。彼は特に、ウォルト・ディズニー・カンパニーが生み出した世界的に有名なキャラクター、ドナルドダックの「声」として、その誕生から半世紀以上にわたり活躍しました。親しい人々からは「ダッキー」という愛称で呼ばれ、その人柄もまた多くのファンや同僚に愛されました。

ドナルドダック誕生と51年の軌跡

ロサンゼルスのラジオ局でキャリアをスタートさせたクラレンス・ナッシュは、やがてその独特の声の才能をウォルト・ディズニーに見出されます。彼の声優としての運命が決定づけられたのは、1934年に公開された短編映画『かしこいメンドリ（The Wise Little Hen）』でした。この作品で脇役として初めて登場したドナルドダックに、ナッシュは唯一無二の声を吹き込みます。この瞬間から、ドナルドダックは単なるアニメーションキャラクターではなく、感情豊かで時に癇癪持ちな、魅力あふれる存在として世界中に認知されることになります。

ナッシュは、その後1985年に白血病で亡くなるまで、驚異的な51年間にもわたりドナルドダックの声を演じ続けました。初期の短編映画から長編映画、テレビ番組に至るまで、彼は常にドナルドの声であり続け、キャラクターの成長や多様な表現に対応しました。彼の存在なくして、今日のドナルドダックの人気は語れません。

唯一無二の声と知られざる苦労

ドナルドダックのあの特徴的な声は、ナッシュの地声ではありませんでした。彼はこの声を出すために、頬に空気を溜め、アヒルになりきった気持ちで言葉を発するという独特の技法を用いていました。かつて公開された『ディズニー撮影所御案内』の中では、この声の出し方のコツを少しだけ披露し、多くの人々の関心を引きましたといいます。

しかし、あの時に怒鳴り声を上げたり、感情的にまくしたてたりするドナルドの声は、ナッシュにとって決して楽なものではありませんでした。ドナルドダックの短編映画の監督を多く手掛けたジャック・ハンナは、後にナッシュの後継者となるトニー・アンセルモの「ダッキー（ナッシュ）はこんな大変なことを楽にこなしていたのか？」という問いに対し、「とんでもない、それどころかたまに気絶していたさ」と答えています。このエピソードは、あのコミカルな声の裏に、ナッシュが費やした想像以上の労力とプロフェッショナリズムがあったことを物語っています。

後継者への継承と人物像

ナッシュはドナルドダックだけでなく、そのいたずら好きな甥たち、ヒューイ、デューイ、ルーイの声も担当していました。さらに、初期の短編作品ではデイジーダックの声も演じていましたが、こちらは1945年以降、女性声優に引き継がれています。

ナッシュの長きにわたるキャリアにおいて、特に重要な出来事の一つに、後継者であるトニー・アンセルモへの役の継承があります。アニメーターとしてディズニーに入社したトニー・アンセルモは、偶然にも入社初日にアニメーション棟から出てきたナッシュとすれ違います。その際、ナッシュがドナルドの声で「おはよう！」と挨拶したことから、アンセルモはすぐに彼がドナルドの声の主であることを認識できたといいます。

アンセルモは、入社当時からナッシュの前でしばしばドナルドの声真似を披露しており、ナッシュはそれに対してアドバイスをするなど、師弟のような関係を築いていました。白血病を患い、自らの命が長くないことを悟ったナッシュは、病床からアンセルモを呼び寄せ、「後を頼む」と直接、ドナルドダックの声優という大役を託しました。死の直前まで、ナッシュはアンセルモの仕事場を訪れ、ドナルドの心理に関するクイズを出題するなど、後継者の育成に情熱を注ぎました。

トニー・アンセルモは、初めてナッシュと会った時の印象を「158cmくらいの小柄で白髪の男性」と語っており、その控えめな身長とは対照的に、彼の作り出す声とキャラクターは世界中の人々に大きな喜びを与えました。

クラレンス・チャールズ・ナッシュは、ドナルドダックという不朽のキャラクターに命を吹き込み、その魂を次の世代へと繋いだ偉大な声優として、アニメーション史にその名を刻んでいます。彼の声は、今もなお世界中の人々の心に響き続けています。

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