クリストス・パパキリアコプロス

クリストス・ディミトリオス・パパキリアコプロス、通称パパは、1914年にギリシャのアテネで生まれました。裕福な家庭で育ち、アテネ国立工科大学に進学。1941年、ナチス・ドイツによるギリシャ侵攻という政治的に不安定な状況下で、トポロジーの難問「基本予想」に関する論文を完成させました。

この論文は、当時ミュンヘンにいた著名な数学者コンスタンティン・カラテオドリの目に留まり、彼の推薦によって博士号を授与されます。その後、パパは三次元多様体の研究に打ち込み、デーンの補題を証明したという手紙をアメリカの数学者ラルフ・フォックスに送りました。その証明は不完全でしたが、フォックスはパパの才能に注目し、1948年に彼をプリンストンに招きました。

プリンストン高等研究所の教授となったパパは、デーンの補題の再証明に成功し、1964年にオズワルド・ヴェブレン幾何学賞の最初の受賞者となりました。デーンの補題は、1910年にマックス・デーンが提唱したものの、証明に欠陥があるとされていた難題でした。パパは、この難題を1957年の論文で解決したのです。また、ループ定理や球面定理の証明にも成功しています。

パパが情熱を注いだもう一つの難問が、ポアンカレ予想でした。彼はアメリカに渡る前からこの問題に取り組み、デーンの補題もその基礎となるものでした。ポアンカレ予想の証明に人生のほとんどを費やし、プリンストン大学からの好条件での教授職の誘いも、研究に専念するために断っています。

同じくポアンカレ予想の証明を目指していたヴォルフガング・ハーケンとはライバル関係にありました。ハーケンがポアンカレ予想を証明したと発表した際には、大きなショックを受けたと伝えられています。その証明は後に誤りであることが判明しましたが、この出来事がきっかけで、パパの精神は不安定になってしまいます。1976年、ポアンカレ予想を解くことができないまま、胃癌により62歳で亡くなりました。彼の人生は、後に小説のモデルにもなっています。

パパは非常に規則正しい生活を送っていました。毎日同じ時間に朝食をとり、研究に没頭し、午後には談話室でお茶を飲むという習慣を生涯続けました。しかし、人付き合いは非常に少なく、研究内容を他人に話すこともありませんでした。徹底した秘密主義者で、その孤高な姿から「修行僧」とも呼ばれていました。

彼はアメリカに渡ってから亡くなるまでの25年以上、同じホテルに住み続け、1952年の父の葬儀以外は一度もギリシャに帰国しませんでした。贅沢をすることもなく、唯一の楽しみは、医師に勧められた週に一度の映画鑑賞でした。

生涯独身で、アメリカに身寄りがなかったため、葬儀も行われませんでした。彼の墓の場所は明確には分かっておらず、親しかった人にも知られていません。パパの人生は、ポアンカレ予想という難問に翻弄された、孤独な数学者の姿を象徴していると言えるでしょう。

参考文献
『NHKスペシャル 100年の難問はなぜ解けたのか 天才数学者の光と影』（NHK出版、春日真人・著）
『ポアンカレ予想を解いた数学者』（日経BP社、ドナル・オシア・著、糸川洋・訳）
* 『ポアンカレ予想―世紀の謎を掛けた数学者、解き明かした数学者』（早川書房、ジョージ・G・スピーロ・著）

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