クロモリトグラフ

クロモリトグラフ：19世紀の多色印刷技術

1837年、フランスとドイツの石版画家ゴドフロア・エンゲルマンによって発明されたクロモリトグラフは、最大16色もの鮮やかな色彩を再現できる画期的な印刷技術でした。エンゲルマンは当初、この技術を「リトコロール」と呼んでいましたが、後に「クロモリトグラフ」(Chromolithographie) と命名され、日本では「クロモリトグラフィー」とも呼ばれています。

この技術は、それぞれのインクの色ごとに別々の石版を作成し、それらを正確に位置合わせして重ねて印刷するというものでした。18世紀末には既に多色石版印刷の試みはありましたが、複数の色を同じ石版に塗布する方法は精度が低く、成果はまちまちでした。エンゲルマンのクロモリトグラフは、青、黄、赤、黒の4色(CMYKの原理に相当)で全ての色彩を再現できる合理的なシステムと、安定した連続印刷を可能にする印刷機の開発により、それまでの技術を大きく凌駕しました。さらに、従来の印刷では用紙を湿らせていた方法を廃止することで印刷ズレの問題を改善し、明るい色の輪郭線を先に印刷し、その上に色を重ねることで高品質な印刷を実現しました。

クロモリトグラフの隆盛と衰退

クロモリトグラフは、ポスター、名刺、カタログ、カレンダー、クリスマスカードなど、幅広い商業分野で利用され、19世紀のビジュアルカルチャーに大きな影響を与えました。宗教画、道徳教育用の絵、子供向けの絵本、ゲーム、切り絵、地図、インテリア装飾、名画の複製など、その用途は多岐に渡りました。特に、クリスマスカードの分野ではアメリカで「アメリカのクリスマスカードの父」と呼ばれるルイス・プラングが大きな貢献を果たしました。プラングは、クロモリトグラフによって高品質な芸術を大衆に届けることを目指し、イーストマン・ジョンソンの『裸足の少年』などの名画を題材とした作品を多数発表しました。

しかし、クロモリトグラフは大量生産が可能である一方、製作には多大な時間とコストを必要としました。石版への着色が約3ヶ月、千部印刷にさらに5ヶ月を要したため、生産性の点で劣る面もありました。このため、より効率的なオフセット印刷が登場すると、クロモリトグラフは次第にその地位を失っていきました。

クロモリトグラフの技術と発展

クロモリトグラフは、当初石版を用いていましたが、後に銅版や亜鉛版も使用されるようになりました。亜鉛版は石版よりも軽量で扱いやすく、大判印刷にも適していました。また、グラデーション表現においては、ベンジャミン・デイの発明したベン・デイ・プロセスやエアブラシが用いられるようになりました。さらに、ゴールドプリント、エンボス加工、カットアウトなどの技法との組み合わせも試みられ、印刷物の表現力はますます豊かになっていきました。

クロモリトグラフで使われたタイポグラフィは、広告などに華やかさを添えましたが、専門知識のない者による制作では誤植も発生しました。また、クロモリトグラフの技術は、偽のステンドグラスを作るヴィトロファニーという技術にも応用され、上流階級の住居や安価なステンドグラス、イワシ缶などに印刷されました。

著名な出版者たち

クロモリトグラフの普及には、多くの出版社が貢献しました。アメリカではルイス・プラング、ドイツではローター・メッゲンドルファー(子供向け絵本で有名)、オーガスト・ホーン(楽譜カバーで知られる)、イギリスではM & N ハンハートなどが著名な出版者でした。これらの出版社は、クロモリトグラフによる大量生産体制を確立し、市場を席巻しました。しかし、19世紀半ばのドイツの政情不安により、多くのバイエルンの版画家がイギリスやアメリカに移住し、ドイツのクロモリトグラフ印刷の独占市場は消滅しました。

今日におけるクロモリトグラフ

クロモリトグラフは、20世紀半ばにはオフセット印刷に取って代わられ、その歴史に幕を閉じました。しかし、その高度な技術と美しい色彩で生み出された作品は、現在では希少な美術品としてコレクターに高く評価されています。多くの作品は酸性紙の使用のため劣化が進んでいるため、保存状態の良いものは少なく、入手困難となっています。現在、その価値は数百ドルから数千ドルに及ぶものもあります。ヨーロッパやアメリカで無名な出版社の作品は比較的安価に入手できる可能性もあり、オリジナルの額縁や出版社のスタンプがあるものを探すことが推奨されています。

もう一度検索