グラッタンの虐殺

1854年 8月19日、ネブラスカ準州ララミー砦近郊で、アメリカ陸軍とラコタ・スー族の間で、牛一頭の賠償問題を発端とする武力衝突が発生しました。この事件は、責任者であるジョン・ローレンス・グラッタン中尉の名を冠して「グラッタンの虐殺」と呼ばれています。

実際には、武装した米兵がインディアンの村に押し掛け、無理な要求を突きつけた結果、返り討ちに遭い全滅したという経緯であり、一方的な「虐殺」とは異なる側面を持ち合わせています。この事件は、大平原地帯におけるインディアン戦争の初期の事例として、歴史に深く刻まれています。

事件の背景

19世紀に入り、アメリカ合衆国の膨張政策は西部大平原地帯へと拡大し、スー族をはじめとする「平原インディアン」たちの領土を侵食していました。合衆国は1833年にララミー砦を建設し、陸軍を駐屯させ、1851年のララミー砦条約以降、スー族に保留地への定住を強要し始めました。多くの白人移民が「オレゴン道」を通過するようになると、若いスー族の戦士たちは領土を侵犯する彼らから牛や馬を奪い、白人移民との間で紛争が絶えませんでした。

1854年の初夏、スー族の各部族はララミー砦に集結し、1851年の第一次ララミー砦条約で約束された年金を受け取るために、約5000人ものスー族が砦のそばに集まりました。この時、スー族は「太陽の踊り」と呼ばれる儀式を行っており、著名な戦士や酋長たちも集結していました。

事件の発端は、モルモン教徒の一団が、スー族の野営地近くで脚を痛めた雌牛を棒で叩いたことから始まります。牛は暴走し、スー族の野営地に突入、ティーピーを壊してしまいます。この時、ミネコンジュー・スー族の戦士であるハイ・フォアヘッドが牛を捕まえ、モルモン教徒に取りに来るよう呼びかけましたが、彼らは逃げてしまいました。ハイ・フォアヘッドは壊れたティーピーの代償として、この牛を食べることにしました。

交渉の決裂

モルモン教徒は、この件をララミー砦の米軍に訴え、若い指揮官はスー族を従わせる絶好の機会と捉え、この訴えを取り上げました。砦の近くに住むフランス人交易業者のルイ・ボルドーは、事態を収拾しようと、モルモン教徒に牛の代償として10ドルを支払うことを提案しましたが、モルモン教徒は25ドルを要求し、交渉は決裂しました。

1854年 8月19日、グラッタンはハイ・フォアヘッド逮捕のため、29人の兵士と通訳のユーセを連れて、2門のワゴン砲を伴いスー族の野営地へ向かいました。ユーセは酒癖が悪く、スー族からも嫌われており、通訳としても不正確な情報を伝えてしまい、事態を悪化させました。

武力衝突

野営地に到着したグラッタンらは、スー族の戦士たちを侮辱し、交渉を開始しました。ボルドーは、グラッタンにコンクァーリング・ベアー酋長との直接交渉を勧めましたが、グラッタンは応じませんでした。

グラッタンはコンクァーリング・ベアー酋長のティーピーを訪れ、ハイ・フォアヘッドの引き渡しを要求しました。酋長は調停を試み、賠償として自分の馬を差し出すと提案しましたが、グラッタンはこれを拒否。グラッタンとフレミング中尉は、ハイ・フォアヘッドの即時引き渡しを強硬に要求し続けました。コンクァーリング・ベアー酋長はグラッタンを落ち着かせようと試みましたが、通訳のユーセのデタラメな通訳により、グラッタンの怒りはさらに増しました。

怒りを抑えきれなくなったグラッタンは、兵士に砲撃を命令。コンクァーリング・ベアー酋長の兄弟が最初に砲撃で倒れ、その後コンクァーリング・ベアー酋長も殺害されました。これに対し、ハイ・フォアヘッドはグラッタンを射殺、スー族の戦士たちは米軍兵士に矢を射かけ、グラッタン率いる30名の兵士全員が殺害されました。

事件後の影響

グラッタンはインディアンを軽視しており、スー族の戦力を見誤っていました。また、白人たちはインディアンの文化に対する理解が欠如しており、酋長を絶対的な指導者であると誤解していました。実際には、酋長は調停者であり、部族の意思決定は合議制で行われていました。

コンクァーリング・ベアー酋長は非常に温厚で思慮深い人物であり、白人との調停に尽力していました。彼の死はスー族に大きな悲しみをもたらし、部族間の連帯を強める要因となりました。この事件をきっかけに、白人とスー・インディアン間の紛争は激化し、ララミー砦条約による和平は崩壊しました。根本的な原因は、白人のインディアン文化に対する無理解と傲慢さでした。

この事件は、後に続くインディアン戦争の序章であり、クレイジー・ホースも大きな衝撃を受け、その後の人生を決定づけることになりました。

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