クレイジー・ホース

クレイジー・ホース：伝説の戦士

クレイジー・ホース（Crazy Horse, タシュンケ・ウィトコ）は、19世紀に活躍したラコタ・スー族の戦士です。彼はその卓越した戦術と、白人に対する不屈の精神で知られ、部族の英雄として語り継がれています。しばしば誤解されますが、彼は部族の酋長ではありませんでした。

生い立ちと人物像

クレイジー・ホースは、1840年頃に現在のサウスダコタ州で生まれました。彼の誕生年については議論がありますが、スー族の呪い師の証言から1840年とされています。父親はオグララ・スー族の呪い師であり、母親はシチャング（ブルーレ）・スー族でした。彼は幼い頃から、両部族のキャンプを行き来していました。

彼の正式な名前は「タ・シュンカワカン・ウィトコ（彼の奇妙な馬）」で、略して「タシュンケ・ウィトコ」と呼ばれることが多かったようです。少年時代は「くせ毛」と呼ばれていましたが、「タシュンケ・ウィトコ」は代々受け継がれる名であり、功績を立てた者に与えられました。

クレイジー・ホースは、幼い頃から馬を盗むのが非常に上手く、「ヒズ・ホーシズ・ルッキング」と呼ばれた時期もありました。しかし、彼は部族の儀式やしきたりにはあまり関心を示さず、常に一匹狼のような存在でした。放浪癖があり、瞑想に耽ることも多かったと言われています。また、白人と接することを極度に嫌ったため、写真が残されていません。

彼の肌は非常に明るく、小柄ながらもハンサムだったと伝えられています。友人たちは彼を「肌の明るい少年」と呼んでいました。スー族の戦士ショート・バッファローは、彼について「背は高くなく、またそれほど低くもなかった。太っても痩せてもいない。彼の髪の色は非常に明るく、顔色も他のインディアンよりずっと明るかった」と語っています。

白人との戦いが激化すると、彼は「皮シャツを着る者」という名誉ある地位に選ばれますが、それ以外の正式な地位に就くことはありませんでした。彼は、名門出身ではなく、またレッド・クラウドと対立していたことも理由の一つとされています。しかし、彼は白人との妥協を拒む主戦派として、重要な役割を果たしました。スー族の文化では、誰かが戦術を指示するような「戦争指導者」という立場は存在しませんでした。

愛と裏切り

クレイジー・ホースは、レッド・クラウドの姪であるブラック・バッファロー・ウーマンに恋をしていましたが、彼女は彼の友人ノー・ウォーターと結婚しました。しかし、クレイジー・ホースの想いは止まず、ストーカー行為に及んだ末に、1870年に彼女と駆け落ちをしました。ノー・ウォーターは彼らを追い、クレイジー・ホースを銃で撃ちました。この時、友人のタッチ・ザ・クラウドがノー・ウォーターを押さえたため、弾は逸れて上顎に当たり、彼は大怪我を負いました。スー族の慣習では、女性が離婚するのは自由でしたが、ノー・ウォーターのこの行為は慣習を破るものでした。長老たちはノー・ウォーターに賠償として馬を譲らせ、クレイジー・ホースは「皮シャツを着る者」の職を解任されました。

その後、部族のとりなしでブラック・ショールという女性を妻に迎えました。彼女は結核を患い、治療にあたった医師とは親交を結びました。彼女との間に娘をもうけましたが、幼くして亡くしました。その後、シャイアン族との混血の女性を二人目の妻に迎えました。

ヴィジョンとタブー

1854年、クレイジー・ホースは「グラッタンの虐殺」を目撃し、そのショックから山にこもり、「ハンブレチア」と呼ばれるヴィジョン・クエストを行いました。そこで彼は、奇妙な馬に乗った男性から様々な啓示を受けました。このヴィジョンから、彼は「他人に腕を捉まれてはいけない」と「自分のための物を持ってはいけない」という二つのタブーを得ました。これらのタブーを破った際、彼は怪我をしたり、命を落としたりしたと伝えられています。

彼は常に質素な服装を心がけ、華美な装飾を嫌いました。また、「常に弱きものを助け、分け与えよ」という啓示に従い、生涯それを実践しました。このため、部族の弱者からは深く愛されました。

また、戦場では負傷したことがないとされています。スー族の呪い師たちは、彼がヴィジョンとともに得た小石を耳の後ろに挟んでいたからだと語っています。

戦歴と最期

クレイジー・ホースは、「パウダー川の戦い」や「ローズバッドの戦い」で活躍し、「リトルビッグホーンの戦い」ではカスター中佐の大隊を全滅させました。しかし、1877年に彼はアメリカ政府に投降し、「ロビンソン砦」に入りました。常に白人と距離を置く彼の姿勢は、反乱分子と見なされるようになり、砦の規定に従わず、常に離れた場所で野営を続けました。

1877年9月5日、彼は政府管理官に連行され、営倉に入れられました。激しく抵抗した結果、彼は元仲間や白人兵に押さえつけられ、歩哨に銃剣で刺殺されました。享年36歳。彼の遺体は親族によって持ち去られ、埋葬場所は公開されていません。

その他

クレイジー・ホースの名前を使用したビール会社に対して、一族が提訴を起こしましたが、裁判所は一族の訴えを退け、会社側に賠償金の支払いを命じました。また、パリのストリップ劇場「クレイジー・ホース」は、インディアンの羽根飾りをつけたダンサーによるショーを行っています。これに対し、インディアンの代表が抗議しましたが、店側は店名の変更を拒否しています。

現在、ラシュモア山に彼の像を彫るクレイジー・ホース記念碑の事業が進められています。しかし、彼自身は写真を残していないため、その肖像はあくまで想像によるものであり、スー族の伝統派からは批判の声も上がっています。

肖像写真について

クレイジー・ホースの肖像写真は存在しません。しかし、彼とされる写真が出回ったことがありました。専門家による検証の結果、その写真は彼が亡くなった後に撮影されたものであり、彼本人ではないと結論付けられています。彼の親族や親交のあった人々も、その写真を否定しています。

関連作品

クレイジー・ホースは、数々の映画作品の題材にもなっています。
『壮烈第七騎兵隊』（1941年）：アンソニー・クインがクレイジー・ホース役を演じる
『大酋長』（1954年）：アイアン・アイズ・コーディがクレイジー・ホース役を演じる
『ララミー砦の決闘』（1955年）：ヴィクター・マチュアがクレイジー・ホース役を演じる
『ホワイト・バッファロー』（1977年）：ウィル・サンプソンがクレイジー・ホース役を演じる
『クレイジー・ホース』（1996年）：TV映画

参考文献

タイムライフ社　『インディアン』、『グレート・チーフ』（ベンジャミン・キャップス著）
めるくまーる社　『ブラック・エルクは語る』（ブラック・エルク）
ペンギン・ライフ『クレイジー・ホース』（ラリー・マクマートリー著）

クレイジー・ホースは、その生涯を通して、スー族の文化と伝統を守り抜いた不屈の戦士でした。彼の物語は、今もなお多くの人々に語り継がれています。

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