グランドツアー

グランドツアー：英国貴族の教養と冒険の旅

17世紀初頭から19世紀初頭にかけて、イギリスの上流階級の若者たちは、学業を終えると盛んにヨーロッパ大陸への大規模な旅行を行いました。これが「グランドツアー」です。単なる観光旅行ではなく、教養を高め、社会的地位を確立するための重要な通過儀礼と言えるでしょう。

グランドツアーの始まりと背景

ヨーロッパを長く揺るがした戦乱が終息し、交通網や宿泊施設などの旅行インフラが整備された17世紀。それまでの旅行は、主に商用などの実用的な目的が中心でしたが、グランドツアーは私的な目的での旅行が一般的になった時代の到来を象徴しています。フランスやイタリアが主要な目的地として人気を集め、これらの国の主要都市で文化に触れ、上流社会を体験することが目的でした。

グランドツアーの特徴

修学[[旅行]]と比較されることもありますが、グランドツアーは学校主催ではなく、個人または家族が費用を負担して行うものでした。参加者は裕福な家庭の子弟に限られ、期間も数か月から数年と長期間に及びました。家庭教師や付き添いが同行するのが一般的で、中には有名な哲学者であるトマス・ホッブズやアダム・スミスも同行した事例も記録されています。

旅行での学びと経験

家庭教師の指導の下、若者たちは近隣諸国の政治、文化、芸術、考古学などを学びました。名所旧跡の見学、美術鑑賞、買い物などを通して、生きた知識を吸収していったのです。中には、教養の一環として女性との交際を学ぶ者もいたとされています。哲学者ジョン・ロックは著書の中で、グランドツアーを若者にとって不可欠な教育の一環として位置づけ、外国語習得や洗練されたマナーの修得、そして進取の精神や決断力の育成に役立つと主張しました。

主要な目的地と影響

フランスは洗練された礼儀作法や社交生活が、イタリアは古代ローマやルネサンスの遺産が魅力として人気を集めました。特にイタリアは芸術を学ぶ若者も多く集まり、ルネサンスの影響を受けた建築様式は、その後イギリスにも広まりました。

グランドツアーの盛衰と変化

フランス革命とナポレオンの台頭によるヨーロッパ情勢の混乱により、グランドツアーは一旦衰退しますが、19世紀に入っても、裕福な家庭の子弟を中心に続けられました。やがて女性も参加するようになり、上流階級の女性にとってイタリア旅行は一種の教養として認識されるようになりました。

グランドツアーと旅行産業の発展

グランドツアーは旅行産業の発展にも貢献しました。裕福な旅行者の需要に応える形で、交通網や宿泊施設が整備され、より多くの旅行者を受け入れる環境が整っていったのです。トーマス・コーヤットの旅行記『Coryat's Crudities』の大ヒットは、グランドツアー参加者にとって旅行ガイドの需要が高まっていたことを示しています。

19世紀には、アルプス山脈への登山が流行し、多くのイギリス人がアルプス山脈の初登頂を達成しました。蒸気船や蒸気機関車の発達により、旅行範囲は世界へと広がり、従来のグランドツアーは終焉を迎え、トーマス・クックによる団体旅行の時代へと移行していきました。

現代への継承

「グランドツアー」という名称は、自動車の世界でも、長距離走行に適した高級車のカテゴリーとして使われています。これは、グランドツアーにおいて馬車が主要な移動手段であったことに由来しています。

まとめ

グランドツアーは単なる旅行ではなく、イギリスの上流階級の若者たちが教養を深め、社会性を磨くための重要な教育システムでした。その影響は、旅行記の普及、旅行産業の発展、そして現代の旅行文化にも及んでいます。 グランドツアーの歴史を振り返ることで、近代ヨーロッパの文化交流や社会変動を理解する上で貴重な知見が得られるでしょう。

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