グレアム・アリソン

アメリカ合衆国の著名な政治学者であるグレアム・T・アリソン（Graham T. Allison）は、1940年に生まれ、国際政治学、特にアメリカの対外政策決定過程や核戦略に関する分野で多大な影響力を持つ人物です。長年にわたりハーバード大学の要職を歴任しており、現在は同大学ベルファー科学・国際問題研究センターの所長を務めるほか、ダグラス・ディロン記念講座教授でもあります。

ノースカロライナ州に生まれたアリソンは、ハーバード大学で学士号を取得した後、オックスフォード大学で修士号を、そして再びハーバード大学で博士号を取得しました。1972年からはハーバード大学で教鞭をとり続け、ケネディ行政大学院の初代院長も務めました。学術的なキャリアに加え、実際の政策立案にも深く関与しており、特にビル・クリントン政権下では政策担当国防次官補として、ロシア連邦や旧ソビエト連邦諸国の核兵器廃棄政策に携わるなど、重要な役割を果たしました。

アリソンの最もよく知られた業績の一つは、1971年に発表された著書『決定の本質――キューバ・ミサイル危機の分析』(Essence of Decision: Explaining the Cuban Missile Crisis)です。この著作は、1962年に発生したキューバ危機におけるアメリカ政府の意思決定過程を詳細に分析したものです。アリソンはこの分析において、従来の単一で合理的な意思決定者（合理的アクター・モデル）という視点だけでは国家の行動を十分に説明できないと考え、代わりに二つの異なる視点を提示しました。一つは、組織や官僚機構が持つ定型的な手続きや既定方針に従って意思決定が行われるとする「組織過程（組織行動）モデル」。もう一つは、多様なアクター（省庁や個人）間の駆け引きや力関係によって意思決定が形成されるとする「政府内（官僚）政治モデル」です。アリソンはこれら三つのモデルを適用することで、キューバ危機における出来事や政策決定が、それぞれのモデルの視点からどのように理解できるかを示しました。『決定の本質』は、対外政策決定論における古典となり、その後の研究に大きな影響を与え、現在でも必読文献として広く読まれています。

アリソンはまた、「トゥキュディデスの罠」（Thucydides’s Trap）という概念の提唱者としても国際的に知られています。この概念は、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスが、ペロポネソス戦争の原因を、新興勢力であるアテネの台頭に対して既存の覇権国であるスパルタが抱いた恐怖心に求めたことに着想を得ています。アリソンは歴史上の多くの事例を分析し、既存の大国と台頭する新興国との間で覇権を巡る競争が起きた場合、その大半が最終的に武力衝突に発展している傾向があることを指摘しました。そして、このような状況において戦争が起きやすくなる現象を「トゥキュディデスの罠」と名付けました。2017年に出版された著書『米中戦争前夜――新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』(Destined for War: Can America and China Escape Thucydides’s Trap?)では、この概念を現代の米中関係に適用し、台頭する中国と既存の超大国であるアメリカとの間に「トゥキュディデスの罠」が発動しうる可能性を論じました。彼は、米中間の大規模な軍事衝突は不可避ではないとしつつも、歴史的な傾向に照らせばそのリスクは非常に高いと警告し、この「罠」を回避するための外交努力や相互理解の重要性を強調しました。

アリソンはこれらの代表作以外にも、核不拡散、核テロ、国際安全保障などに関する多数の著作を発表しています。特に核問題に関しては、『核テロ――今ここにある恐怖のシナリオ』(Nuclear Terrorism: the Ultimate Preventable Catastrophe)のような単著や、多くの共著、共編著があり、この分野における主要な論客の一人です。

グレアム・アリソンの研究は、国家がどのように意思決定を行うか、そして大国間の競争がどのようにエスカレートしうるかという、国際政治における根本的な問いに対する深い洞察を提供しています。その理論的な貢献と、実際の政策現場での経験に基づいた分析は、世界中の研究者や政策担当者にとって今日でも重要な指針となっています。

もう一度検索