トゥキュディデス

トゥキュディデス：ペロポネソス戦争を記録した古代ギリシアの歴史家

トゥキュディデス（紀元前460年頃 - 紀元前395年）は、古代アテナイの歴史家であり、ペロポネソス戦争を実証的な立場で記録した『戦史』の著者として知られています。彼は、歴史記述における客観性と、政治的・軍事的リーダーたちの演説を挿入する独特な手法で、後世の歴史学に多大な影響を与えました。

生涯と追放

トゥキュディデスは、ペロポネソス戦争中に将軍として一時的に従軍しましたが、紀元前422年にトラキア地方での作戦失敗により失脚し、20年間の追放刑を受けました。この追放期間中に、彼はスパルタの支配地域に滞在し、敵対する両陣営を客観的に観察する機会を得たとされています。この経験が、『戦史』の中立的な視点に貢献したと考えられています。

『戦史』の特徴

『戦史』は、特定の国家を贔屓することなく、中立的な視点からペロポネソス戦争を描写している点が特徴です。また、トゥキュディデスは、歴史上の人物に直接語らせるために、政治家や軍人の演説を頻繁に挿入しました。これらの演説は、登場人物の心情や戦略、政治的な駆け引きを生き生きと伝え、読者に深い洞察を与えます。特に、開戦一年目の戦没者合同追悼式におけるペリクレスの演説は、彼の著作の中でも最も有名なものの一つです。

未完の『戦史』とクセノポンの補完

トゥキュディデスの『戦史』は、紀元前411年の記述で突然中断しています。その理由は不明ですが、彼の死によるものではないと考えられています。その後、哲学者ソクラテスの弟子であるクセノポンが、中断部分から筆を起こし、『ギリシア史』を著すことで、ペロポネソス戦争の記録を完成させました。

ヘロドトスとの比較

トゥキュディデスは、先人の歴史家ヘロドトスと比較されることがあります。ヘロドトスの『歴史』が物語的で広範な歴史を描いているのに対し、トゥキュディデスの『戦史』は、より焦点を絞り、実証的な分析を重視している点が異なります。トゥキュディデスの客観性と批判精神は、後の歴史学研究に大きな影響を与え、科学的な歴史記述の基礎を築いたと言えるでしょう。

現代への影響

トゥキュディデスの著作は、現代においても政治学、国際関係論、戦略研究など、幅広い分野で研究されています。特に、「トゥキュディデスの罠」という概念は、新興勢力と既存勢力の間で発生する紛争の危険性を示唆するものとして、注目を集めています。彼の著作は、歴史を学ぶだけでなく、現代社会の課題を理解するための貴重な資料として、読み継がれています。

日本語訳と研究

『戦史』は、久保正彰訳をはじめ、多くの日本語訳が出版されています。また、F.M.コーンフォードによる伝記研究や、桜井万里子によるヘロドトスとの比較研究など、トゥキュディデスに関する研究も数多く存在します。これらの文献を通じて、彼の思想や歴史観をより深く理解することができます。

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