ケプラー64

ケプラー64

ケプラー64は、極めて特異な天体です。この星系は4つの恒星が複雑な重力関係で結びついた四重連星であり、さらにその恒星たちの周りを惑星が公転していることが確認されています。特に、四重連星系において惑星が発見されたのは、このケプラー64b (PH1) が初めての事例であり、天文学、特に惑星科学の分野で大きな注目を集めています。

恒星系の構造

ケプラー64を構成するのは、ケプラー64Aa、ケプラー64Ab、ケプラー64Ba、ケプラー64Bbと呼ばれる4つの恒星と、太陽系外惑星ケプラー64b (PH1, PH1b) です。これらの恒星は、まずAaとAbが互いの共通重心の周りを、そしてBaとBbが互いの共通重心の周りをそれぞれ公転する二重連星を形成しています。さらに、このA連星系（AaとAb）とB連星系（BaとBb）もまた、全体として互いに重力的に結びついていると考えられています。A連星系とB連星系はおよそ1500億キロメートル（1000天文単位）ほど離れていると推定されており、これは太陽から冥王星までの距離の約25倍に相当します。

構成する個々の恒星を見ると、Aaは太陽よりもやや大きいF型星で、直径は太陽の約1.73倍、質量は約1.53倍です。伴星のAbは小さなM型星（赤色矮星）で、直径は太陽の約0.38倍、質量は約0.41倍と見積もられています。これらは、AaとAbが互いの前面を通過する「トランジット」という現象を観測することで得られたデータです。地球から見ると、AbはAaの前を完全に通り過ぎますが、AaがAbの前を通過する際は、Abを半分ほどしか隠しません。AaとAbは非常に接近しており、約2600万キロメートル（0.17天文単位）の距離を約20日という短い周期で公転しています。

一方、B連星系を構成するBaは太陽に近いG2型星で、質量は約0.99太陽質量と推定されています。伴星のBbはAaやAbよりもさらに質量の小さいM2型星（赤色矮星）で、質量は約0.51太陽質量と推定されています。BaとBbは、AaとAbに比べてはるかに離れた約90億キロメートル（60天文単位）の距離で公転していると考えられています。この距離のため、AaとAbは一つの点光源のように見えますが、BaとBbは望遠鏡を使えば分離して観測できます。星系全体の明るさの大部分はAaによって占められており、B連星系全体の明るさは全体の2.5%程度に過ぎません。実質的には、AaとBaがこの星系の主要な光源と言えます。

惑星ケプラー64b (PH1)

ケプラー64b、別名PH1は、A連星系（AaとAb）の共通重心の周りを公転する周連星惑星です。このような多重連星系の周囲で惑星が誕生し、安定した軌道を維持することは、理論的には非常に難しいとされてきました。なぜなら、複数の恒星から受ける複雑な重力の影響により、惑星のもととなる塵やガスが集まった原始惑星系円盤が乱され、惑星が形成されにくくなったり、形成されても星系から弾き出されたりすると考えられていたからです。

ケプラー64の星系におけるシミュレーションによると、この星系では、原始惑星系円盤が形成されても、その中心から1天文単位（太陽から地球までの距離に相当）より内側と、10天文単位より外側には物質が集まりやすい領域が存在しますが、1天文単位から10天文単位の間には重力的な不安定さから物質がほとんど存在しない空白域が生じると予測されています。興味深いことに、PH1の軌道はこの空白域と一致しており、惑星が形成された領域について示唆を与えています。また、A連星系とB連星系が形成された当初から比較的離れた位置関係にあったことも、惑星が形成され存続できた理由の一つと考えられています。もし両連星系が初期にもっと接近していたなら、原始惑星系円盤がより強く乱され、惑星が誕生することはなかっただろうと推測されています。

発見とその意義

ケプラー64b (PH1) の発見は、複数の点で画期的でした。まず、これが四重連星系で初めて発見された惑星であるという事実です。これまでに、二重連星の周りを公転する周連星惑星はいくつか見つかっていましたが、それ自体が従来の惑星形成理論に修正を迫る発見でした。連星系では惑星ができない、あるいは生き残れないと考えられていた常識を覆したからです。しかし、さらに重力環境が複雑で厳しいはずの四重連星系で惑星が見つかったことは、惑星の誕生や進化に関する理論に対し、より一層強い影響を与えることになりました。

もう一つの注目すべき点は、この惑星がアマチュア天文家によって発見されたことです。NASAのケプラー宇宙望遠鏡が取得した膨大な観測データは、パブリックに公開されています。このデータセットを分析する市民科学プロジェクト「プラネットハンターズ」に参加していたカイヤン・ジェク氏とケビン・加里野氏が、ケプラー64のデータにPH1によるものと思われる特徴的な光の変動（トランジット）を見出し、その存在を確認しました。プロの研究者だけでなく、熱意あるアマチュアが最先端の科学データから新発見を成し遂げた事例としても、PH1の発見は特筆されます。

ケプラー64とそこに存在する惑星PH1は、多重連星系という極限環境下での惑星の存在を示す貴重な例であり、私たちの太陽系とは全く異なる、多様な惑星系の姿があることを教えてくれます。その発見は、惑星科学だけでなく、市民科学の可能性を示す重要な出来事としても記憶されています。

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