ゲンナジー・ヤナーエフ

ゲンナジー・イワノヴィッチ・ヤナーエフ

（Генна́дий Ива́нович Яна́ев, Gennadii Ivanovich Yanayev）

ゲンナジー・イワノヴィッチ・ヤナーエフ（1937年8月26日 - 2010年9月24日）は、ソビエト連邦の政治家であり、ソ連という国家が存在した期間において、唯一の副大統領に就任した人物です。彼は特に、1991年8月に行われた、改革を進めるミハイル・ゴルバチョフ大統領に対する保守派のクーデター、いわゆる八月クーデターにおいて、首謀者の一人として深く関与したことで歴史にその名を残しています。ロシア人として生まれ、激動のソ連末期を駆け抜けた彼の生涯は、体制崩壊の過程と密接に結びついています。

生い立ちと初期経歴

ヤナーエフ氏は1937年8月26日、現在のロシア連邦ニジニ・ノヴゴロド州にあたる、当時のゴーリキー州ペレヴォース地区ペレヴォース村で生まれました。高等教育はゴーリキー農業大学で受け、卒業後は1959年にゴーリキー州の技術修理機械化部門で技術者としてキャリアをスタートさせます。1962年にはソビエト連邦共産党の一員となり、政治の世界へと足を踏み入れました。その後も学習を続け、全ソ通信制教育法科大学を修了し、歴史学の分野で博士候補号を取得するなど、自身の知見を広げていきました。

社会運動と政界での昇進

1963年からは、ソビエト連邦の主要な青年組織であるコムソモールの専従職員として活動を開始します。地方組織であるゴーリキー州コムソモールの第一書記を務め、組織内でその手腕を発揮しました。そして1968年には、全ソ連邦の青年団体を統括するソ連青少年団体委員会議長に選出されるなど、青年運動のリーダーとして重要な地位を占めました。青年組織での実績を経て、彼は労働組合活動へとその活躍の場を移します。全ソ労組中央評議会の書記、次いで副議長を歴任し、1990年には同評議会の議長にまで上り詰めました。これは、ソ連における労働者の権利や福祉を代表する重要なポストでした。

副大統領就任とその背景

1990年12月、ソビエト連邦大統領制が導入されるにあたり、ミハイル・ゴルバチョフ大統領は自身を補佐する副大統領を選出する必要に迫られました。当初、ゴルバチョフ氏が最も有力な候補として考えていたのは、改革派であり国際的にも評価の高かったエドゥアルド・シェワルナゼ外相でした。しかし、シェワルナゼ氏が突然「独裁の危険」を訴えて辞任したことで、ゴルバチョフ氏は新たな候補者を探すことになります。そこで浮上したのがヤナーエフ氏でした。ヤナーエフ氏は、クーデターの前年にあたる1990年7月のソ連共産党大会で中央委員に選出され、さらに政治局員および書記を兼務するなど、党内での地位を固めていました。また、ソ連人民代議員としても、最大勢力を誇る「共産主義者」会派の議長を務めるなど、議会内でも影響力を持っていました。人民代議員大会での副大統領選出の際には、最初の投票では急進改革派や独立志向の強い共和国出身の代議員らの強い反対にあい、当選に必要な票を得られませんでした。しかし、ゴルバチョフ氏がシェワルナゼ氏の辞任による動揺からヤナーエフ氏の選出に強くこだわり、異例の再投票を強行した結果、ようやく副大統領に選出されました。この選出後、彼は政治局員の職を辞しています。ゴルバチョフ氏がヤナーエフ氏を選んだ理由としては、彼が最大会派の代表であったこと、上層部への忠実な姿勢、そして12回あるいは13回とされる豊富な訪日歴に代表される国際経験や交渉能力を買ったためとされています。しかし、彼の政治的なスタンスは明白な保守派であり、特に元政治局員のエゴール・リガチョフやKGB議長ウラジーミル・クリュチコフらと並び、レオニード・ブレジネフ時代からの守旧的な路線を受け継ぐ人物と広く認識されていました。この見立ては、後の運命的な出来事によって証明されることになります。

八月クーデターの主導と結末

1991年、ソビエト連邦が末期を迎える中で、ゴルバチョフ政権は再び改革路線を加速させ、15のソビエト社会主義共和国に大幅な権限を委譲する内容を含む新連邦条約の締結を決定しました。この動きに対し、ヤナーエフ氏を含む保守強硬派は猛烈に反発します。そして、条約調印の前日である同年8月19日、彼らはクーデターを決行しました。ヤナーエフ氏は、クーデターを指揮するために組織された「国家非常事態委員会」の中心人物となります。彼はモスクワに非常事態宣言を発令し、さらにゴルバチョフ大統領が健康状態の悪化により職務を遂行できないとする偽りの情報を公表しました。そして、この状況を理由に、自らが大統領代行に就任することを宣言しました。しかし、このクーデターは国民の支持を得られず、またロシア共和国大統領ボリス・エリツィンらの強い抵抗に遭い、わずか3日間で失敗に終わります。クーデターの失敗後、ヤナーエフ氏は他の首謀者たちと共に逮捕され、収監されることとなりました。

晩年と死去

収監されたヤナーエフ氏のその後の公的な動向は限られたものとなります。2010年9月、死の数日前に肺癌のため入院し、同年9月24日に重篤な肺の病により73歳で逝去しました。彼が副大統領として関わったクーデターは、皮肉にもソビエト連邦の崩壊を早める結果となり、彼は最初にして最後のソ連副大統領という歴史的な地位に留まることとなりました。伝えられる人物評の中には、彼が飲酒問題を抱えており、副大統領という要職には不適任だったとする厳しい声も存在しますが、彼の生涯はソビエト連邦という国家の劇的な終焉と深く結びついています。

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